セラムン二次創作小説『彼女の手料理、完食しないと出られない部屋(クン美奈)』
残業を終え、やっとの思いで帰宅したのは20時近くの事だった。
玄関を開けると、いい匂いが鼻にまとわりついて来て驚いた。うちに料理を作れる人はいない。
美奈子がまことさんを連れて来て、作らせているのか?と彼女の強引さに呆れながら、キッチンへと向かう。
「美奈子だけか……?」
「あ、公斗。おかえんなさ~い」
キッチンに立っていたのは美奈子1人だけだった。
しかも、ご丁寧にエプロンをしてやる気満々。と言うか、既にほぼ料理が出来ている様だ。
「こ、これは……?」
「毎日お仕事頑張ってるから、たまには何かしたくて」
なるほど、美奈子なりの労いと言う奴か。……って、料理だけはして欲しくなかった。と言うのが本音だ。
それを証拠に、テーブルに置かれていく料理は、見た目がお世辞にも美味しそうとは言えないものばかり。
「これは、食えるのか?」
「ええ、見た目はかなり斬新だけど、ちゃんと料理よ」
斬新と言う言葉で上手いこと言っているが、この世の物とは思えない見た目なのは間違い無い。
少なくとも俺は、20年以上生きてきてこんなディープインパクトな見た目の料理にお目にかかった事も、記憶も無い。
ダークキングダムにいた時でさえ、もっと普通の料理を食べていた。
悪の組織にいる時よりも酷いものを食わなければならないと言うのか?
「何を作ったんだ?」
エプロンまでして張り切って作った様だが、目の前にある品々は、原型を留めていない。
皆目見当もつかない料理を口に運ぶのは気が乗らない。
質問をして、なるべく口に運ぶ時間を遠ざけたい。寧ろ、食べたく無い。
「煮物に、味噌汁、野菜炒めに卵焼きよ」
得意気に料理名を説明しているが、どれも俺が知っている見た目とは全く違っている。
恐らくは俺の記憶の方が正しいだろうと思う。
一体、どんな調理法を取れば原型からかけ離れた料理が作れるのか?
「……」
「さ、遠慮なく食べてね!」
万事休すか?出来れば食べたくはないが、とうとうその時が来てしまった様だ。
いや、最後の手段がある。
「いや、今日お腹は空いてないんだ」
やんわり、傷付けないように断る。
こう言えば普通であれば、無理矢理食わされることは無いだろう。そう思ったからだ。
「遠慮はいらないのよ?はい、あーん」
美奈子と言う奴は、普通ではなかったことを今、思い知る事になった。
遠慮していると思い、無理矢理食わす作戦を取ってきた。
悪気が無いだけに、あーんしてくる笑顔が眩し過ぎる。
何事も経験と言う事だろうか?いや、これは試練と言う奴か?
愛する彼女の手料理だ。普通は喜んで食べる所だろう。
だが、食べている最中はさることながら、食べ終わったあともどうなるか?容易に想像ができる為、躊躇ってしまう。
しかし、一刻の猶予も無いようだ。
ブツはもう口の前に運ばれている。
“愛さえあれば、Love is OK!!”
俺は、この合言葉を胸に、目を閉じ、意を決して口を開けた。
「んっゲボッゲボッゲボッ」
口に入れた瞬間、不味さが口の中に広がったかと思えば、舌が痺れる感覚に襲われた。
とてもじゃ無いが、飲み込めそうに無い。
寧ろ、食道が料理を通る事を拒否している。通れば最後。胃が死ぬ。体が悪くなる。
吐き出さなければ、命の危機だ。
「だ、大丈夫?」
心配してくれるのは嬉しいが、誰のお陰でこうなってると思ってるんだ。
美奈の日2022その⑦「彼女の手料理完食するまで出られない部屋」
口の中のものを吐こうと席を立とうとしたその時、ある貼り紙が目に飛び込んで来た。
「“彼女の手料理、間食するまで出られない部屋”だと?」
とんでもない部屋の名前に、思わず食べ物を飲み込んでしまった。
破壊力のあるそれは、胃の中に入って行くのが伝わって来る。
食べてしまったと言うショックはデカいものの、そもそも食べないと出られないと言う常識外れな部屋だ。食べなくてはならない。
「そうなのよね。キッチン入ったら扉に貼ってあって。作る事にしたの」
常日頃、美奈子には料理はするな!しなくていい!と言い聞かせていた。馬鹿な美奈子でも、流石に覚えていたのか申し訳ない顔で、料理を作る事になった経緯を説明して来た。
「なるほど、要するにこの部屋の通りにしないと出られないから料理を作ったと?」
「そう言うこと。出ようとしたら、本当に出られなかったのよ」
「入っては来られるみたいだが?」
「閉めたら最後なの」
俺が入って来たタイミングで出られそうなもんだが、何故そうしなかったのか?
馬鹿だからそこまで頭が回らなかったのか?
はたまたせっかく作った料理を無駄にしたく無かっただけか?それとも両方か?
何でも良いが、やはり完食しなければ出られない様だ。
「そうか。では、食うか!」
どう足掻いても食わなければならない。
再び腹を括った俺は、気合いを入れた。
体の再起や胃の死をも覚悟をして、完食する決意をした。
「頑張って、公斗!」
何故か俺を苦しめている張本人に応援されるという何とも言えない体験をする羽目になり、とても心外だった。
悪気が無いから、誰のせいでこうなってると思ってるんだ!とも言えず……。
俺は、ただひたすらに料理とも言えない得体の知れない固形物を感情を押し殺し、ただ機械のように胃に流し込む作業をした。
「うっゲボッゲボッゲボッ」
幾ら機械のようにとはいえ、味覚がある。
食べては噎せるの繰り返し。これはキツい。
「はい、水飲んで」
食べては噎せるを繰り返していると、美奈子から水を渡される。
水で流し込む作戦か?これなら食べられるかも知れない。
俺は、水を片手に料理を流し込む事にした。
この考えは、項を制して食べやすくなった。ただ、水分でお腹がいっぱいになるのも早く、限界があった。
少しの水で流し込む作戦に切り替える。
兎に角、どんな方法でもいい。食べきらなければならない。
その思いで突き進んで行く。
「ご馳走様でした」
「はーい、お粗末さまでした」
そして、いよいよ完食してやった。
時計を見るともう、夜の10時をとっくに過ぎていた。
通常、20分程で夕飯は済ませるところを、単純計算で6倍はかかっている事になる。
カチャッ
完食してすぐ、何をしても開かなかったドアが開いた。
やっとの思いで立ち上がった俺は、その場からすぐに立ち去り、トイレへと一目散に走って行った。
「オエッウッ」
先程食べた物のほとんどをリバースした。
そして、その後は胃薬を飲み、美奈子を置き去りにして寝室へ行き、寝る事にした。
兎に角、疲れ果てたのだ。
不味いものを無理矢理入れ、食べ終わったらほとんどリバースさせる。体調が悪くなりそうだ。
そして次の日、やはり予想通り胃腸が悪くなり、暫く食べられなくなった。
美奈子の手料理の破壊力、恐るべし。
おわり
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