セラムン二次創作小説『優しさが身に沁みる(浅まこ)』




浅沼は目の前の光景に圧倒されていた。

食卓に置かれた夏野菜を使った料理の数々は色とりどりで、それでいてどれもひと工夫加えられていて見るからに美味しそうだ。

美味しそうだと言うのに、それなのに全く食べたいと言う気力と食欲が湧かない。別に夏バテとかそう言うのでは無い。

念願のまことの手料理にありつける。これ以上の幸せはない。願ってもいないことだ。食べたい。普通に食べたいのだ。

だが、それが出来ないのには理由がある。

それは、浅沼が単純に野菜が嫌いだと言う一点の理由が全てだった。せっかくご馳走様になるのに、嫌いなものがオンパレード。

先程から笑顔で固まり、どうするか迷っていた。本当のことを言うべきか。夏バテで食べられないと嘘をつくか。

本当のことを言ったとてまことは浅沼の事を幻滅したりしないだろう。それどころか嫌いな物を知らず出してしまったことに深く反省し、謝ってくるに違いない。

嘘を言えばまことの優しさ故の謝罪と食べなくて済む。どちらも傷つかない。その場しのぎではあるが、逃れられる。


「いっぱいあるから遠慮なく食べてくれ」


引きつった笑顔でそのまま固まっている浅沼とは反対に、本物の飛び切りの笑顔を見せるまこと。

その眩しい笑顔が浅沼には眩し過ぎた。やはりここは一か八か、正直に言うしか無さそうだ。まことを傷つけずに。


「凄いですね!全部、まこと先輩の手作りですか?」

「ああ、腕によりをかけて作ったら作り過ぎちゃって」


まことが言うように量も然る事乍ら、品数も多かった。恐らく前日に仕込んだのだろう。今日は夏休みも残り少なく、宿題も追い込みでその手伝いをしに来たのだから。


そう、浅沼がまことの手料理を食べるに至った理由。それは夏休みの宿題を手伝ったから。

中学三年生で受験生のまこと。亜美の監視下の中で受験勉強をしていたが、肝心要の夏休みの宿題をしておらず残り一週間を切った時点で気付き慌てふためいた。

どうすればいいかと必死で打開策を考えた結果、打って付けの人物を一人思い付いた。それが浅沼だった。

しかし、ここでしょうもないプライドが邪魔をした。それは浅沼はまことより年下であると言う事。年下に手伝ってもらうなんて頭が悪いとは言え嫌だと葛藤した。

考えている間も貴重な時間は無情にも過ぎていく。進学校で受験生でも無い浅沼にプライドを捨てて頼み込んだ。大好きな人に頼られた浅沼は快諾。勿論、自身の宿題はとっくに終えている状態。何なら受験勉強も手伝うから夏休みが終わるまで教えると買って出る漢気を見せた。

それは流石に悪いと思い断ろうとしたまことだが、宿題が片付かなければ結果的にそうなるだろうとお願いした。まことなりのそのお返しが手料理と言う訳だった。


「野菜を使った料理ばかりなんですね?」


分かりやすく夏野菜ばかりだったから浅沼は何故こんなに夏野菜があったのかが単純に気になり聞いてみた。


「実は家庭菜園で夏野菜が毎日取れすぎて、食べるのも料理するのも追い付かなくて苦労してるんだ」


取れた野菜はうさぎや亜美達いつもの面子にそのままあげたり、料理をしてあげたりして毎日捌いていた。

最後はどうせなら浅沼にお礼として手料理を振舞おうとまことは決めていた。

しかしまさか浅沼が野菜嫌いだとはまことも予想だにしていなかった。そしてまだその事をまことは知らない。


「野菜を作るのも上手いんですね!」

「いやぁ、ただの趣味の範囲内だよ」

「いや、才能ですよ!好きでないと出来ません」


次から次へと食卓に運ばれてくる料理に手に付けるのを伸ばそうと話を必死で振り、褒めちぎる浅沼。

結局どうすればいいのか分からないまま食べる時間になってしまう。万事休すか。

このまま流されて野菜嫌いを克服する方向で行こうと意を決して箸を持つ。このまま好き嫌いしていては大きくなれないし、いつまでたってもまことを守れる男になれない。変わるとすれば今しかない。男を見せろ!

自分は野菜嫌いなどではなく、本当は野菜が大好きなのだと暗示をかける。最早ヤケクソである。


「んッ」

「どう?」

「お、美味しい……です」


無理して食べたゴーヤーチャンプルー。思ってたよりは苦くはなかったが、好きな味では無く浅沼は涙を流しながら食べた。その光景に何を勘違いしたのか、まことは泣くほど美味しいと判断して喜んだ。


「そんなに泣くほど美味しいとは。料理し甲斐があるし、嬉しいよ」


浅沼はそのまことの言葉に心の中で、違うんだ。嫌いでないているんだと嘆いた。


「はい、浅沼ちゃん。あーん♪」

「ん~、モグモグ」


気を良くしたまことの行動はヒートアップする。

好きな人や恋人にしてあげたかったと言って浅沼に食べさせてあげた。

本来なら泣くほど嬉しい出来事だが、嫌いな野菜を使用した料理でされても嬉しくない。まことの顔を見ると幸せそうにニッコリと微笑んでいて、本当の事は言えないと改めて浅沼は嘘を貫き通す事にした。

自分が今我慢さえすれば、まことの幸せと笑顔は約束されるのだからと耐えて食べる事にした。

単純にお腹が空いていた事もあり、何より誰よりも大好きなまことの手料理と言う事もあって食べ進める事が出来た。

料理の品数も量も多いから、完食とまでは行かないまでも思っていた以上に食べることが出来た。

ただ、やはり残念ながら野菜嫌いを克服する事は出来ず、当分野菜は見たくないと思った夏の終わりの最後の苦い思い出となった。





おわり




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