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こんな風に年を取れたら、年を取るのも悪くないと思った話

最近出会った60代の女性。
こんな風に年を取れたら、長い人生も悪くないんじゃないか。
そう思った話を書きたいと思います。

その女性(うかいさん)は63歳、本のフリーライターをしています。

自然な気遣いのできる、誰からも頼られる
それでいて謙虚な、とても素敵な女性です。
どうしたらこんな人になれるのか、
人生を覗いてみたいと思いました。


女性の仕事はお茶くみだった時代に


うかいさんが大学を卒業した当時、
四大卒の女性の就職先はとても限られていたそうです。
女性の仕事は「お茶くみ」だった時代、女性の多くは短大卒。
四大卒の女性がずっと働ける民間企業はごくわずかで、
あとは公務員か先生になるしかなかったとのことです。
今では信じられませんね。

言葉にかかわる仕事がしたかったうかいさんの候補の会社は、
福武書店か、リクルートかぴあ。
ぴあの入社試験は、それはそれは大変な行列だったそうです。

うかいさんは、福武書店(現ベネッセコーポレーション)に入社します。

※福武書店は1990年から「ベネッセ」に社名変更しました。

うかいさんの入社した1981年頃の福武書店は、
大学受験のための教育事業がメインでした。

うかいさんのキャリアは、
高校生向けの「進研ゼミ」営業セクションで
講座のDMを作ることから始まりました。


こうしてキャリアは繋がっていった


うかいさんは、29歳で結婚し、
夫の転勤とともに退職しフリーライターへ。
しかし当時は、フリーのライターなどいない時代だったそう。
知人の紹介で、仕事が繋がっていきます。

どういった分野が、自分の文章が生きるのかがわからなかったから
何でもやって、数をこなすと決めていた。
それが、スキルを磨くことになると思った、とのこと。

会社のパンフレット
ブライダル雑誌
女性雑誌
料理雑誌
経済雑誌

その中で、狭い意味での仕事というよりは
「自分の芯を作ってくれたもの」
いくつかあったといいます。

一つは「進研ゼミ小論文講座」。
「テーマへのアプローチ」というタイトルで、
さまざまな時事的テーマについて、
どうやったら自分の考えに到るまでの思考を深めて行けるのか。
そのナビゲーションをすることがコンセプトだったとのこと。

次に、雑誌の編集。
本の編集という 「モノづくりの方法」
徹底的に学んだといいます。


転機が訪れた


しかし10年ほど続けるうちに、限界を感じるようになったとのこと。
一定の 季節サイクルで、
同じようなテーマで回る雑誌作りに物足りなくなってきた。 
また、いったん現状の仕事と距離を置いてみたい
感じるようになったとのこと。

そして46歳で、上海へ1年間の語学留学に行きます。

きっかけは、夫が中国へ赴任し、中国を旅行する機会が
増えたことだったそう。

その時の心境は、
現実逃避
リセットしたい
同じ仕事を続けることに疲れた

行けば何とかなる、くらいの気持ちだったそうです。

しかしこれが、その後のうかいさんの人生を支える
大きな転機になったといいます。


違う価値観を身をもって感じた


それは、仕事のスキルという範疇ではないそうです。

中国では、日本や欧米の近代から築き上げてきた合理主義とか民主主義
そういった概念がほとんど通じなかった。

向こうには向こうの合理性がある。

了見が狭かった。
自分はとても浅かった。
小さな窓からしかものを見ていなかった。

そう気付かされたと言います。

「日本という国で編集という仕事をしている自分」
いったん手放してみようという気持ちになった。
自由になった気がした、と。


編集という仕事は変わらないけれど


日本では生きづらい日本人が、上海には沢山いたそうです。
そのなかで面白い人と出会います。
興味に駆られて、取材をさせてもらったそう。
これはのちに、ある人が出版社とつないでくれたことで、
本の出版に到ったそうです。
「一冊の本を書き上げることができた」
これが、少し自信になったそうです。

それから、単行本の編集へと仕事の幅を広げていったそうです。

沢山の情報を集めて編集するのも面白いけれど、
一つのテーマを突き詰めて本にするには、
また違うアプローチがある。
人間を深く知って一冊の本にまとめてみたい。
そう思ったそうです。


これが「生きる」ということなのかな


「あ、これが生きてるってことなのかな」
何となくわかってきたのが、
この歳になってようやくだと、うかいさんはいいます。

仕事でもなければ、お金でもない。
仕事も家族も、何が一番ということではなく。
すべてが包括されて結びつき、
そこにただ、自分が生きているだけ。
これが「年月を重ねていくこと」
そう思うようになったといいます。

こんな風に思うようになれたことに、
年若い頃よりも満足している自分がいる、と。

また、こうも。

長生きをしたいとは思わないけれど、
80歳には80歳の心象風景、
90歳には90歳の心象風景
がある。
それは、いま60代半ばの私には想像できない領域だろう。
歳をとるということに対して、
それくらいのリスペクトは持っていたい
そして、90歳の自分を見てみたいと思う、と。

寝て起きて食べて、
何の変哲もない日々であっても

自分の人生は少なくともまだ続いていて
今日よりも明日は違っている
まだ出会っていない自分に出会うと思うと、
そんなに不安はないのでは、と。

人間も地層のように積み上がっている。
例えば、上海に行かなければ、 
「世界には、私の知らない価値体系がある」
ということが分からなかった。 
そういった未知の体験を
これからも、少しずつでも積み上げていくこと。

それを面白がっていれば
年をとることも大丈夫なのではないかしら。
生きるってそういうことなんじゃないかしら、 と。

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