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映画館を知った時

映画は好きだが、普段めったに映画館へは行かない。この歳になるまで、行った回数は片手で数えられてしまう。特別嫌な思い出があるわけではない。なのにどういう訳か足が向かない。遠出する必要やらお金の問題やらもあるが、何か自分の根っこのある部分が、行く事を避け続けているような気がしてならなかった。

去年の誕生日頃、母からそれにまつわる思い出を聞かされた。まだ私が幼稚園児の頃、一家で隣町のサティ(今やことごとくイオン)へ訪れた。その時私は、最上階にある映画館の「入口」を見ただけで大泣きしたという。暗い場所という場所がひたすら怖ろしかった当時、それを見た途端反射的に逃げ出したのである。なあんだそんなトラウマかと笑い飛ばしたかったが、苦笑いしかできなかった。なにせ今も完治していない。暗がりはいつもどこでも怖いのだ。

こんな性分なので、大学の友人から映画のお誘いが来た時はドキドキものだった。新宿の大きな映画館。ありふれたこのイベントも、自分にとっては多分に勇気のいる行為。けれど悩みはしなかった。せっかく与えられた機会だ、絶対に楽しんでやるのだ、ただそれだけを考えていた。そうして、その通りになった。もはや楽しすぎた。映画を愛する人で賑わい、たくさんの素敵なポスターたち、私たちを飲み込むようほど壮大な上映室……映画館はただの怖い所なんかじゃない、こんなにも暖かくて壮大で楽しい空間があの暗がりの中にある。そんなことが今ごろ分かった。20歳を過ぎて、やっと私は「映画館」というものを知った。

2時間の上映が終わってから、しばらく席を立てなかった。映画と映画館への感動のせいならよかったが、単純に長時間スクリーンを見たせいで首と肩を痛めたのだ。一気に照明がついて目もしぱしぱする。そんなぼやけた視界の中で友人が笑うのを見て、きっとまた行く時もこうなるのかなと感じた。同時に、こんな自分に「また」行くという想像が生まれた、それが何より嬉しかった。

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