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ノートを書くということ。

私がバーンアウトを脱出した1番の方法はノートを書くことだったと思います。紙のノートです。今も毎朝できるだけノートを書く様にしています。

今感じていること。不平不満があれば偽ることなく書きます。
嬉しかったこと感謝も同様に。そしてこうなったらいいなという願望も。

4年前バーンアウトした時、胸の内を吐き出す場所が欲しくて何となくノートを始めました。日記の様な感覚でした。SNSに書くより人に話すよりしっくりくる吐き出す方法を見つけることができたので、思い立ったらすぐに何でも書きました。
一日に人は6万回思考すると言いますが、そんなに出てくる?っていう位、思うことで分厚いノートがどんどん埋まっていきました。
同時に色んなブログやYoutubeで内観や引き寄せの法則を知り、その情報のまとめもノートに書く様になりました。
引き寄せの法則のノート術は、なりたい状態を箇条書きにするといいというものがほとんどなので、言われるがままその時思い浮かぶ願望を書き連ねました。感じたこと、起こった出来事、学んだこと、引き寄せたいこと…が交互に書かれるノートになっていきました。

そもそも「引き寄せの法則」にたどり着く人の殆どは、すごく苦しい状態にあってそこから抜け出したいから引き寄せの法則に出会ってると思うんです。だからそこから生まれる願望ってマイナスベースからのものが多い。私は完全にそうでした。
・○○したい(今その状態にないからそうしたい。)
・○○が欲しい(今それを持っていないと感じるから欲しい。)
みたいに、全てが【無い】【不足】を全力で見ていることが起点の願いなんです。だから沢山願望を書きましたがほとんど叶いませんでした。
そして当時私がノートに主張していた多くは、すごく限定的な思考や自分の感情を無視しているものばかりでした。世の中の当たり前、常識を元に物事を見て自分はどう思うどう感じたは差し置いて、人の物差しでジャッジした意見や立場や責任を重視した主張。
この年齢ではこうなってるのが普通、世の中的にどう、この立場でそれを願うのは常識的でない、人に迷惑をかけてまでやってはいけない、みたいなことのオンパレード。

数ヶ月経ってノートを読み返した時にそれに気づいてびっくりしました。
そりゃバーンアウトするよねって。

そしてそこで改めて自分に問いました。
"常識や人の意見、環境や状態の制限がないなら本当は何がしたい?"

最初は昔の思考の癖があるので一つの願いを出すにも時間がかかりましたが、これもトレーニングで回数を重ねていくと今まででは思いもつかなかった願いが浮かんでくる様になりました。
そしてねすごく安心したんです。あー私これがやりたかったのねって。

「ダンスを踊りたい」という願いが湧いたのは最も大きかったです。
大好きなダンスをお仕事にしてから、立場の責任やクオリティの追求で、いつしか好きという気持ちをおざなりにしていく様になりました。そしてそうしていけば行く程、心が伴わないので踊りも良くならない…良くならないからまた追い込む、追い込むほどに踊りたくなくなる。いつしかダンスを踊りたくなくなっていたんです。

でもその問うた時に、ダンスが踊りたいという本音に出会えた時はめちゃくちゃ嬉しくて泣きました。そしてそこからダンスとの向き合い方は大きく変わったように思います。
やりたくない、好きじゃない、今そう感じていることでも、もしかしたら本音はそうじゃないものも沢山ある気がします。余計な思考や過剰な妄想でやりたくないと思ってしまっているだけかもしれません。

ノートを書くということ。
それは自分にとにかく素直になれること…いやその前に素直になる練習ができること。自分の本当の想いや願いを自分が見てあげられる様になること。つまりは自分の人生を生きるということです。
見えなくなっている本音を丁寧に優しく紐解いていく作業は、人によっては苦痛を伴ったり、すごく時間がかかることかもしれません。私もだいぶ悩み時間も要しました。書くのを辞めた時期もありました。
でも人生は一回きり。自分が自分とこの人生を見てあげなかったら誰が見てあげるの?そういう思いで今も毎日自分の思いと向き合い、ノートに書いています。


たかがノート、されどノート。



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