第5話 『少女の物語の開幕〜勇者の幼馴染は小説家になりたい〜』

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「僕はッ!!感動したよ!!今までで1番素晴らしい日だッ!!」

シャーロットですらげんなりとした顔になって、目の前で褒め続けている美丈夫を眺めた。

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城壁には警備兵が多数おり、案の定街に入る前に止められた。
ひぃっと怯えてガタガタと震えているメリル、ロビー、スウェン、ティオ。
4人ともシャーロットの後ろに隠れている。まだ15にもならない少女の後ろに隠れているなど、あまりにも滑稽で仕方ない姿だが────シャーロットの後ろほど安心するものは無いのである。
絶対に守ってくれるという確証が4人にはあった。

「自首します」

「うわぁぁぁああ」

しかし、もう1人の仲間はあまりにも肝が据わっていた。
デイビッドが自首すると名乗りあげ、シャーロットの後ろに隠れていた4人は小さく叫ぶ。

これは余談だが、シャーロットもデイビッドと同様、いやそれ以上肝が据わっているので、叫び声が4つであると聞き分けた。
つまり今のところ一言も喋っていないスウェンが叫んだということ。唯一スウェンからは身の上話を聞き出せていない。
じっと見つめると、スウェンはデイビッドの方へと助けを求める目を向けた。デイビッドは気づかないまま、警備兵へ淡々と話している。

「俺らは追い剥ぎをしました。俺と、あの少女の後ろにいる4人です。少女は関与してません」

「場所は?」

「場所はここから…えっと、北西の森で……3日前、5日前、8日前に、通りかかった商人に追い剥ぎをしました。奪ったあと、その人らを森の出口まで連れて行きました」

段々と恐れが消えてきたのか、敬語で喋っているデイビッドを奇妙なものでも見るような目で4人は見た。
それから、シャーロットの真似か!とほんわかとした空気が流れた。嬉しそうなシャーロットを見て、4人は頬を緩める。


デイビッドの聞き取りをしていた兵が、手元で何かの箱のようなものを操作していたが、突然、その人が戸惑った顔で後ろを振り向いた。


「シオドア中佐、確認が取れました。……しかし───」

大佐、というのが実質軍隊をまとめる現場での最高責任者だったはずだ。つまり、その一つだけ下の中佐というのも、かなり高い身分。

えっ、とシャーロットの愉快な仲間たちの誰かが漏らした。軍に入りでもしなければ、中佐になんて人生で1度も関わらない人の方が多いのだ。
しかもこんな、罪を述べている時に出くわしてしまうとは。最悪の事態を想定したのか、シャーロットの後ろに隠れようと縮こまっている気配がした。デイビッドを除く全員だった。

「何だ?」

デイビッドの聞き取りをしていた兵の後ろで、腕を組んで立っていた人が、にこりとも笑わず聞き返す。その人がどうやら“シオドア中佐”らしい。

んん…?と何かがシャーロットの心の隅に引っかかった気がした。あと少しで思い出せそうな何か。


「…………それが、この盗賊たちに足止めされたおかげで、命が助かったと。罪を軽くするよう嘆願されております……!」

「その証言の確証性は?」

「音声データと血判があります…!」

「………ふむ」

何だ何だとシャーロットの後ろから4人は顔を出す。デイビッドも、異様な雰囲気を察知したのかシャーロットの傍に寄ってきている。
ちなみに、傍目から見ればシャーロットを守るかのように囲っているが、5人は1番信頼のおける(生き残れる可能性の高い)シャーロットの近くに思わず集まってしまっているだけである。
シャーロットは頼られてとても上機嫌だ。昔から仲間というものに憧れがあったのだと、シャーロットは道中言っていた。

「これは───素晴らしいッ!!」


突然、本当に唐突に、シャーロットたちのほんわかとした空気を切り裂いて、いきなり叫んできた美丈夫。
シャーロットは思わず拳に力を入れそうになった。

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「ああ素晴らしい───!こんなにも素晴らしき運命があるとは……!あまりにもッ!あまりにも感動ッ…!僕は感動したよ…!自首するその尊き精神!その素晴らしさに神でさえ敬服し覆される罪!忙しい僕がたまたまここに来て警備兵のフリをしていたこの運命ッ!!ああ素晴らしいッ!こんな野にひっそりと咲く運命の輝きがあっただなんてッ……ましてやその瞬間に立ち会えるだなんて……ああ神よ!あなたに!感謝をッ!!」

最初こそシャーロットはワクワク顔でメモをとっていた。個性の強い人だ!と。
しかし手元のメモの半分以上がシャーロットたち、主に自首したデイビッドを賛美する言葉で埋まると、シャーロットはついにペンを仕舞いこんだ。

「そう!罪とはこうあるべきッ!自分でその罪に気づき、我らが動くその前に懺悔し償う───それこそあるべき姿!自分で気づいてこその、罪ッ!!ああ素晴らしい、素晴らしいよ!デイビッドと言ったね?君の自首する精神性、その全てを僕はッ……肯定するッ!!そして僕が持つ全ての賞賛の言葉を贈るに値するッ!!ああこんな繰り返しの言葉ではあまりにも足りないッ───この日のために僕は賞賛の言葉を手に入れておくべきだった!僕の怠惰ッ!!」

終わらない。全くもって終わる気配がしない。
シャーロットはげんなりとした顔をしている。警備兵も申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げる。シャーロットたちも同じように頭を下げる。
意思が一つになった瞬間であった。

「そう神は見ていたッ…!君たちが己の罪に気づき、遠いここまで辿り着いて、自首することをッ…!だからこそ神は罪は覆した!素晴らしきこの世界!君たちのような精神の持ち主を、神は見捨てぬ…!そうッ!それこそ神!神の慈悲を見られるだなんてッ…僕が今まで生きてきた中で1番の日だ!」

いつもはクールで部下思いなんですけどね、ちょっと人の美しい瞬間とか神の奇跡に遭遇するとこんなテンションに……いやいや本当に普段はとっても素敵な方なんですよ……兵はみんな憧れています……本当に仲間思いで、情に厚くて、平民貴族分け隔てなく接するような人で………ほら、新しい平民の勇者のところにも直々に出向いて応援したり……えっ、勇者と会った時にこんなふうにならなかったのかって?確かこの面は出てなかったはずだけど……この人は、こう、ひっそりとした感じの小さな奇跡が大好きな人なんでね……

2時間も過ぎれば、もはやシオドア中佐の賛美は皆聞き流していた。盗賊と聞いて顔を少し顰めていた警備兵とも、今では古馴染みの友のように話し合っている。


♢

どうやって長い長いシオドア中佐のお話が終わったのか、それは1人の兵によるものだった。

「シオドア中佐、すみません、こちらの資料………えっ」

3時間を過ぎた頃である。
資料片手に踏み込んできた兵は、今いいところだったのにという非難の眼差しと、ナイスタイミング!という眼差しに見られて、何が起きているのかさっぱり分からず動転してしまった。
手に持っている資料がバサバサと落ち、慌ててそれを拾おうとしてすっ転んで、頭をぶつけてしまったのである。

「大丈夫かい!?」

目を見開いたシオドア中佐は、その兵に慌てて駆け寄った。たんこぶになりそうな後頭部を見て、顔が青ざめるのがハッキリと見える。

賞賛していた時の面影は見えない表情で、シャーロット達に長話に付き合わせてすまなかったと深々頭を下げ、頭を打ってしまった兵を足早に医療室まで運んで行く。


「中佐!お姫様抱っこは恥ずかしいです!中佐!!」

風に乗って聞こえてきた悲鳴をバックグラウンドミュージックに、ではしばらく監視は付けさせてもらいますが罪には問わないということで……とシャーロット達は解放され街へと降り立った。


#創作大賞2023

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