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私の教祖

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教祖のご履歴を詳細に味わってゆく
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2023年5月の記事一覧

幼少期の信仰③

はじめに

幼少期の信仰について。
裕福な家庭で満たされていて、なぜ尼になりたいという信仰を持つほどになったか。

こちらの続き

教祖の御性格

『稿本天理教教祖伝』では、「尼になりたい」と熱願されたことについて扱われているのはここ一文ぐらいで細かく書かれていませんが、
この背景について『私の教祖/中山慶一』でわかりやすく賢察されていますので、そちらを紹介させていただきたいと思います。

以下、

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幼少期の信仰②


はじめに
幼少期の信仰について。
裕福な家庭にいて、なぜ尼になりたいほどの信仰を持ったか。

『私の教祖』から『私の教祖/中山慶一』
「御信仰」(P.100〜113)より要約すると

教祖の生まれ育った家は、お金に恵まれ、物に恵まれ、家柄に恵まれた何不自由ない家である。そういった環境で、常に人からちやほやされて育てられる子どもは、わがままいっぱいに人の苦しみなどに全く理解のない人間になって行くの

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法話の折は最後まで熱心に聴聞 (〜十三歳)

はじめに

幼少期の信仰面について。(その①)

『私の教祖』から

『稿本天理教教祖伝』では

縁談の話が来たとき、

『正文遺韻』では

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まとめ

 そうした日々を過ごすうちに、いつの頃からか母が熱心に信仰していた仏信心を始めた。母が朝に夕に仏壇の前に念仏を唱えるとき、いつもその後に座って、小さな手を合わせて一

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幼少の中にも相当深い考え (八〜十三歳)

はじめに

幼少期の精神性について。

『私の教祖』から

器用にいろんなものをお拵えになったが、

『稿本天理教教祖伝』では

『正文遺韻』では

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まとめ

単にこうした手先の技ばかりではなかった。精神的な方面のことにも、一度触れたことは、その奥の奥まで見通して、これを体得する直感の鋭さと探究の熱意を持っていた。

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裁縫の手並みも一人前以上に上達 (十二,三歳)

はじめに

針仕事について。

『私の教祖』から

『稿本天理教教祖伝』では

『正文遺韻』では

(※一部現代仮名遣いに変換)

まとめ

また物事全般について学ぶだけでなく、生まれつき記憶がよくて、一度見たり聞いたりしたことは、よく心におさめて忘れなかった。また人に話すときも、子どものようではなく、よく細やかに道理にかなう話をして、人を言い落とすようなことはしなかった。

 針仕事や編み物、機

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心を入れて御手習をあそばす (九〜十一歳)

はじめに

学問について。

『私の教祖』から

『稿本天理教教祖伝』では

『正文遺韻』では

まとめ

七歳から十歳頃までは、父親から読み書きを教わった。また九歳から十一歳までの約三年の間は、近所の寺子屋に通われて一通りの勉強もした。その当時では幕府の政策上、学問については、女子や町人、百姓にあまり触れさせないように仕向けられていた。だから、教祖も別段、本格的な学問を学んではいないだろう。しか

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忙しい秋の収穫時のお手伝い (八,九歳)

『私の教祖』から

『稿本天理教教祖伝』では

『正文遺韻』では

(※現代仮名遣いに変換)

まとめ

八、九歳の頃には、忙しい秋の収穫時などに、近所の小さい子がいる家へ行って、「子どもを貸してくだされ」と言った。そしてその子をおぶって、その日一日の面倒を見た。また、母親から貰ったお菓子などをわざわざ残しておいて、近所の子どもたちを集めてはそれを与えながら一日遊ばせた。そこには単なる自分の楽しみ

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