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【ちょこっとアドバイス2】アンディフェランス【珠玉のミュゼットワルツ】

「アコーディオンの音色は人を幸せにする」東京在住のアコーディオニスト安西はぢめです。


はぢめに

前提として少しでもアコーディオンを弾かれる方のために書いておりますので、音楽用語の解説などを省略している場合がございます事をご了承ください。ただ、音楽を好きな方がお読みになってもある程度は楽しめる事を念頭に筆を進めてはございます。アコーディオン、そしてパリの下町で生まれたアコーディオンが主奏のダンス音楽「ミュゼット」に興味がある方はぜひお楽しみください。

※この記事は全文公開していますが、役に立ったらぜひ音楽活動サポートの投げ銭をよろしくお願いします!

ミュゼット】19世紀の末にオーベルニュやイタリアからの移民、そしてマヌーシュたちのエッセンスがパリという坩堝で混ざり合って生まれた宝石のようなダンス音楽。幾度となく流行が訪れ、世界中のアコーディオン音楽に様々な影響を与えるほど隆盛したジャンルで、旅番組やグルメ番組で「フランスっぽさ」の演出によく背景に流れているため、日本にも愛好者がたくさんいます(因みにスーパーのサミットさんの店内でずーっと流れているので今度お聴きになってみてください!)その中でも、特に有名な古典レパートリーの一つがこの曲「アンディフェランス」(Indifférence)」です。古今数多くの録音がありますが(僭越ながら私もCDに収録しました)色んな方の素敵なプレイに優劣をつけるものではないのですが、私の中では、永遠の憧れTony MURENA氏によるオリジナルの演奏が最高峰です。

さて、日本語では「無関心」というタイトルでお馴染みですが、プチ・ロワイヤル仏和辞典第4版を引いたところ、「無関心」以外に、恋愛感情についての「冷淡さ・つれなさ」と記述がありましたので、そこにピンと来た私は独自に「つれなさ」という邦題をつけてお届けしています。

【曲をまだご存知ない方はこちらをお聴きください】

なんとも切ない曲調で、本当にしびれます(ちょっと古い表現ですけど、シビれるってのが私には一番しっくり来ます)YouTubeではいくつか違うバージョンを録音しましたが、それぞれにちょっとずつコンセプトが違ったり、それぞれに独自の点がありますのでご覧になって、皆さんの演奏の際の参考にしていただければ幸いです。また今年も音色が違う楽器でまた違うニュアンスで弾こうと思っております。アップしたらリンクを貼りますね。

【最強のタッグマッチによる作曲】

さて、作曲者ジョゼフ・コロンボ(1900〜1970)と共作関係にあるのが私の永遠の憧れ、巨匠トニー・ミュレナ(1915〜1973)です。

【改めて、こちらがミュレナ氏のご尊顔。カッコイー!】

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コロンボ氏がメロディメーカーで、数多くの作品を残していることはミュゼット好きの方にはお馴染みかと思いますが、共作に名を連ねているトニー・ミュレナ氏の演奏は天才的に繰り出す比類無き素早いパッセージが身上です。そして音楽的にも柔軟な方だった事は、ナチスの占領によりダンスホールが閉鎖させられ多くのアコーディオニストが露頭に迷った時にもしたたかにジャズのエッセンスを取り入れて生き残った事からも窺えます(あくまでミュゼットでいうところのスウィングであって、ジャズともまた少し違う側面がありますが、紙面の都合で今回は割愛します。いわゆる「ジャズっぽい」ダンス音楽に対応したと思って頂くのが感覚的に一番近いかも知れません)重ねていうと、「ミュゼットの父」ことエミール・ヴァシェ以来のトレモロの波が大きい、いかにも時代がかった「ミュゼット」チューニングを改め、アコーディオン用語でいうところの少し「ドライ」な、波の少ないチューニングにした楽器でクールにモダンな演奏をするパイオニアでもありました。いずれにせよ唯一無二のスタープレイヤーではないでしょうか。

音楽的に成功していても終生楽譜が読めなかったと言われる叩き上げのジョゼフとの協力関係は、ジョゼフの作った曲に、そのテクニックを存分に生かした印象的なフレーズをつけてトッププレイヤーとして世に送り出す事だったそうです。これを聞くと「適材適所」という言葉も浮かび、助け合っていたのかなとも思うし、もっとドライな「ビジネスパートナー」と思えば理解できなくもありませんが、果たして二人の仲が良かったのか、それとも結構割り切った感じだったのかは個人的にちょっと気になるところではあります。ともかくも、間違いなくそのタッグが創った代表的な1曲が、何と言ってもこの「つれなさ」という訳です。素晴らしい曲を残してくれたことに手を合わせたいくらいです。そして、対になっている曲が「Passion (情熱)」です。「愛」の形の両極を表す2曲。今度からそういう目線で聴いてみてください。きっと受け取る印象が変わって来ると思います。

参考・こちらが「情熱」の部 Passionです】

【他ジャンルにも取り上げられる有名曲】

この2曲はマヌーシュ・ジャズ(Jazz Manouche, ジプシースゥイング、ジプシージャズなどと呼ばれます。ギター2、バイオリン、ベースなど弦楽器を中心にドラムレスで演奏される事が多いジャンゴ・ラインハルトに始まるヨーロッパ発祥のジャズスタイル。アコーディオンやクラリネットなどが加わることもある)の皆さんも良く取り上げますから、ギターメロディやバイオリンメロディで、ミュゼットと違う解釈の演奏を耳にすることもあると思います。ミュゼットと違うところは幾つかありますが、特にミュゼットは基本的にダンス音楽として一定のテンポで演奏される上、様式美としてサイズ(曲の長さ)がABACAと決まっていますから、イントロからテーマの前半がバラードで演奏されたり、アドリブ回しをする事はありませんけれどジャズとして、或いはその他のスタイルで演奏される場合には「素材」としての曲という扱いですから、それぞれに様々な工夫を凝らした構成や、仕掛け(ブレイクやリフなど)を繰り出して行きます。一例としてマヌーシュジャズの人気ギタリスト、アントワーヌ・ボワイエ氏のライブ動画が彼自身の公式チャンネルに上がっていましたのでリンクを貼ります。ビートの取り方や他のギタリストとの掛け合いなど、すっかり「料理」されてミュゼットと兄弟の音楽ではありながら随分と違う趣になっている事が聴いて取れると思います。

【練習のヒント・もしも弾けなくて行き詰まったら】

メロディに関してはテーマ、Bメロ共に、基本的にコードを分解した音で構成されているところが多いので、初めて取り組んだ際に頭からメロディラインを追って弾くのが難しいと行き詰まっている人(意外と多い)には、一度楽譜を離れてEmとB7のアルペジオを集中的に練習してみる事をお勧めしています。しばらく真面目にアルペジオを練習した後に曲を弾いたら以前より格段にスムーズに弾けるようになった生徒さんが何人もいるので、ぜひ一度お試しください(メロディ的には冒頭にあるシミソシレでお分かりの通り、Em7の構成音ですから余裕が出てきたらテンションを入れてアルペジオを稽古したり、音の順番を入れ替えたり、付点にしてみたり、独自の工夫を加えていってみてください。それらを自分で考えて実践して行くとワンランク、ツーランクアップして行く事を実感できる日が来ると思います)

【流通している楽譜について】

【因みに私が持っている1984年版のポール・ブッシャー社のミュゼット集では3巻に収蔵されています。お求めの時には版が変わって曲の差し替えがないか確認してからお求めになる事をお勧めします】

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【地方にお住まいの方は谷口楽器のホームページからも通販でお求め頂けます!各巻110曲入りの曲集です。たとえ一曲のために買うには割高だと思っても、他にまだまだ109曲も入ってますからたっぷり楽しめること請け合いです。結果的、実質的にはお得な全集です】

さてさて、一般に広く流通している、このポール・ブッシャーのミュゼット集には8小節のイントロがついていますが、私はそれに似たイントロを弾くこともあれば、Aメロ終わりの11小節のアウフタクトからルバートで弾くこともあったり、共演者の有無や曲を始める時の状況(ザワザワしている飲食店の中でステージを始める際には、お客様の注目を集めるために目立つイントロを弾く…なんてケースもあります)などによって、その都度判断をしています。けれども、ダントツでいきなりテーマから入る事が多いです(憧れのトニー・ミュレナ様もそうやって弾いてることですし)

【転調を伴う独自の安西バージョンについてひと言】

【こちらも私の演奏した幾つかのバージョンの一つです。最後に転調を加えてみました】

この演奏で特徴的なのは、最後にEmからGmへの転調を足すアレンジをした事です(2分30秒が転調のタイミング)これはボタン式ならではのシンプルなアプローチの一つで、隣りのボタンから弾き始めれば、同じ指遣いで短3度の上下動が自動的にできることから思いつきました。ミュゼットは基本的に一つの曲を決まったキーで演奏しますから、好きなキーで弾くことやアレンジとして転調することは稀なので、他のジャンルの曲ならいざ知らず、ミュゼットの金字塔に転調を加えることは自分的に心理的な大変ハードルが高いことでした。けれどもこれはこれで一定の効果があるアレンジになって良かったように思っています。CDはこのバージョンで録音していますので、宜しければそちらもぜひお手にとってみてください。

【御茶ノ水・谷口楽器店頭、もしくは下のリンクから通販でもお求め頂けます】

【むすびに】

それにしても、つくづくこの曲はミュゼットのエッセンスがギュッと凝縮された曲で、何度弾いても新たな発見があって全く飽きることがない、私にとって生涯に何曲も出会うことができない大切な曲だと思っています。その感動をこれからも出会う方々とシェア出来たら幸せだなあと思っています。皆さんにも、そういった「曲」との出会いがきっとある事と思いますが、それがアコーディオンで好きなように弾けたら素晴らしいですね。もし「まだ」の人もこの先、運命の曲と出会った時には、その曲をご自身の心を映し慰めてくれる友人として扱ってみてはいかがでしょうか。きっといかなる時も生涯の親友に足る存在になることと思います。了

【恐れ入りますが無断転用転載をお断りします】

【サポート・投げ銭はいつでも大歓迎です】

現在YouTube2つのチャンネルに演奏動画やレッスンなどをアップしており、みなさんに楽しんで頂いたり、アコーディオンの事を知って頂きたいと思って活動しています。この機会にぜひチャンネル登録もよろしくお願いします。

メインチャンネルは登録者に海外の方も多いので、主に海外曲のレパートリーをシェアしています。手前味噌ですが、特にスロヴェニア共和国のアコーディオン音楽については日本随一のコンテンツを持つチャンネルです。

こちら、新しく開設したサブチャンネル「テクはないけど味がある」では、海外の曲はもちろんのこと、日本の曲や日本語での発信をしています。

今まで、YouTubeにアップした動画の背景に字幕をつけたり、概要欄にテキストで時代背景や作曲者のことなどをお伝えして来ましたが、文章を書いた方がたくさんの情報がお届けできるので少しずつnoteにまとめて行くことにしました。2021年5月10日現在、150曲ほどアップしておりますので、順不動で徐々に書き上げて行くつもりです。ご承知のこともあるかも知れませんし、私が至らぬ事もあるとは思いますが、出来る限りキチンとお調べし、自分の経験に基づいた情報を発信して行くつもりです。何かしらお役に立てたり、読み物として楽しんで頂けたら幸いです。

渡辺芳也「パリ・ミュゼット物語」(春秋社1994年)

Philippe Krumm, L`accordeon Quelle histoire!, Parigramme 2012 


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