「ワンルームエンジェル」レビュー〜ちょっと落語にフォーカスして〜
まず、個人的な感想として最初にお伝えしたい。
美しい、物語でした。
以下未読の方はご注意ください。ネタバレなどを含みます。でも、特に読み物として流れが良い感想文にはなっていません。にわかですが、原作を何度も読んだ方と細かい部分の発見を共有する感じ&余談多めの内容になっております。
この作品と出会ったのは、2023年10月19日スタートのMBSドラマシャワーのティザー映像。わずか13秒の予告編↓
男が部屋に入るとちゃぶ台の前に座った天使が「遅いじゃないですか…」とひと言話して暗転というストーリー。あまりにも「情報が多いけど情報が少ない」インパクトにまんまとやられて、概要欄を覗くとドラマ版のキャスティングやスタッフはもちろんの事、あらすじなど色々とインフォメーションがあったのを眺めて、いつもなら「へー、こんなの始まるんだ」と止まるところ、原作を調べてみたくなりました。
検索してみたところことごとく、各種SNSや動画サイトなどなどで絶賛の嵐。これは原作を読まねばなりますまい。すぐにも読みたかったので、一般書店を数件ハシゴしましたがどうもこのジャンルを買いなれていないせいか、流通から外れたところばかり覗いていたようなので、仕方なくAmazonへ。
電子版ならすぐにダウンロードできますね。でもここは届くまで時間がかかりますが、ぜひ紙を入手して頂きたい。買ってみて分かったのですが、電子版でページをスクロールして行くだけでは絶対に味わえない「コマ割りの妙」や「余白の美しさ」まで込みで、より一層美しい作品だと確信しているからです。そして紙を買った方でももしかしたら気づいていない方がいるかもしれない仕掛けまであったりして…うーん、ステキ(表紙カバー外してご覧になりました!?)因みに私の手元に届いたのは第17刷2023年5月15日。2019年4月5日の初版からたくさんの方が手に取っている事が窺えます。
さて。何度も何度も読み返してみたくなる中毒性があり、新たな発見があるのは多くの人が指摘しているところですが、私は物語全編を覆っていて、父と子、また天使と幸紀の絆を結んでいる「落語」の存在が特に気になりました。私も落語をちょいちょい聞く者なのですが、原作のはらだ先生は普通に落語お好きな方なのでしょうか?普段落語を聞かない、知らない人だったら小道具に持ってこようと思っただけで、あんなに何度も落語で伏線ポイント張れますかね?と言うくらい「落語だらけ」なんですもの。
カゼ(扇子)に見立てた割り箸を持って「聞いてくださいよ!」という天使が幸紀に「はいはい 俺は金がこわい」と軽くいなされるシーンなんて「おっ!」と思いました。あれは「まんじゅうこわい」のサゲ(いわゆる「オチ」)をもじっています。天使は次のコマで「え?枕聞いただけで噺分かったの?」「オチ先に言われちゃった」とでも言いたげな顔をしているのですが、当の幸紀が「まんこわ(まんじゅうこわい)」を知っているようにも思えず、見えず、そこには触れずで、読者も半信半疑。「ここでは」ただの「偶然」にしか過ぎないように見えるさりげないやり取り。たまりません!
※放映後追記 このシーン「オレはまんじゅうより金が怖いよ」となっていて、「おぉ、脚本家さんこう来たか!」というセリフ回しでもあったのですが、割り箸を持ったにしたく(天使)が話の前にちゃぶ台をピシピシと叩いていた方が気になりました。あれは釈台を前に置いた上方落語の所作が自然に出た(のか、演出がついたのか分かりませんが)ものでしょうか。さすがLilかんさい。と、思った事でした。セリフも時々関西のイントネーションだし、苦労したんだろうなぁと思ってましたが、まさか落語も上方風とは!決して揚げ足取りという意味ではなく、続きも楽しみにしております〜
ところがです!非公開アカウントのパスワードを解くシーンでは幸紀が事もなげに「gokounosurikire」とパスワードを当てるのです。ここはスルーされがちかもしれませんが、半グレの幸紀と中学生の天使が前座噺とはいえ、お互いが「寿限無(じゅげむ)」を知っていていなければ成立しません。最近の子たちは寿限無を知っているのでしょうか?国語の教科書に載っているとか。最近の初等教育がどうなっているのか知らないオジサン(私のことです)は、2人が自然とその前提で話しをしている所に、背景を色々と考えてしまいました。
さらに「え〜ここひとつで夏にぴったりの背筋がすっとする話しを」というセリフのバックに描かれている団扇には「牡丹灯籠」(有名な古典の怪談噺)の絵が描いてあります。
また後半、天使のお父さんを訪ねるくだりで、天使のお父さんが話している時の手の所作は、落語家のそれを意識して描いているようにも思えました。そして、その向かいに正座で話しを聞いている天使の様子は寄席の客というよりは、座布団を当てているものの(弟子は座布団を当てないものです)稽古をつけてもらっている弟子のようにも見えました。待てよ、天使はお父さんに見えていないはず!そうすると、幸紀は仏前で座布団を当てずに正座をして話を聞いている事になり、殆どの現代人が忘れているような礼に適った振る舞いをしている事が分かります。
幸紀さんよ、冒頭で「みかけによらずファンタジックな思想をお持ちなんですね」と言われるシーンにさらりと挟まれた「死神じゃあるまいし」のやり取り(「死神」という落語があります)や「天網恢恢疎にして漏らさず」が突然出てくるあたり、実は弟子入りしてた事があるのでしょうか(「てんもうかいかい…」は出典こそ老子ですが、間男ものの枕などにも使われます)。次のコマで天使が「あの人見かけによらず『知識』あるんですよね」の「知識」が「落語の知識」に受け取れなくもない状況になって来ました。だって「あの人意外と物知りなんだな」という文脈で普通「知識がある」とは言わないと思うのですよ。確かに意味は通じますが、一般的に知識という場合には特定の分野について詳しい知見の事を指すと思いませんか?いやーまだまだ見落としあるんじゃないかな?これが「はらだマジック」なのでしょうか、とワクワクしている私。はらだ先生の設定したキャラクターのバックグラウンドには「落語の弟子入りをした事がある」というのがあるかも知れません(ただの落語好きという設定だけでは、若い登場人物が座布団を当てるとか当てないなどという作法は知らない事が多いように思いましたので)そうなると、部屋の描写に持ち物が数少ない中で、小さなボックスの中に立ててある本が落語の速記本ではないかと見えて来てしまう不思議。天使は酔っぱらったお父さんの噺聞く時には正座をして正面で稽古をつけてもらう弟子のように聞いていたかも知れないな…などと、読者に想像の「余白」を与えてくれているのがこの作品の素晴らしさの一つではないかと思ってもいます。そして、視線や表情だけでセリフがないコマを読む時に、読者は頭の中でそれぞれに言葉を紡いでいるのは、現実生活にもリンクするようなある種のリアルさを作っているようにも感じました。
そして、途中から重要な要素になる「逆縁」という言葉が浮かんでは消えます。
他の作家さんや作品と比べるのはあまり好みませんが、私の人生に大きな影響を与え続けている大好きな魔夜峰央先生の「ラシャーヌ」や「パタリロ」にも落語に取材したセリフが頻繁に出て来ますし、翻案したものや、そのものズバリ「牡丹灯籠」を描いた短編などもありますが、この作品の全編に通っている、ある種の「匂わせ」は読者が知らなければ分からないままに成立するという意味でも、とても巧妙で本当に素晴らしいと思います。
ラスト間近のクライマックスもあんなにサラリと…でも、お互いの道を行かねばならない時はきっとそんな物なのかもしれません。でも、まさかの幸せな永遠の再会が用意されているとは。もうメンタルを不意打ちタコ殴りされてます…勘弁してくだせぇ(でも良かったねぇ!!)
そういえば「後で見返したら確かにそうだった」という伏線が至るところにあるので、何度も読み返して新しい発見がある作品という意味では99年のアメリカ映画「シックス・センス」に通じるかも知れませんね。ふと思い出しました。
それはそうと、実は何度か出て来る台詞回しが気になっているのに、まだ私には「ナゾ」が解けていない箇所があります。特に意味がないのかも知れませんが、作者が必ず意味を込めているに違いないと信じて、その答えを見つけるのが今の私の楽しみの一つです。そう考えるとファンタジーでもあり、ミステリーでもあり、BLでもありと、登場人物の多彩さとあいまって読む人が如何様にも感情移入できてしまう作品なのでしょう。かと言って輪郭がぼやけている訳ではない。良い作品と出会いました。さて、もう一回じっくり読んでみましょうかね。皆さんも楽しい発見を!
確かに好みは十人十色。リアルなお話しが好きならば設定そのものが好みでない方がいるかも知れないのですが、私はこのくらい飛躍しているものの方が「お話し」としてすんなり受け入れられるし、納得が行きます。そう、私はお伽話と解釈して読みました(部屋の描き込みにテンガやペペローションなどがあるお伽話ですがwww)この設定など読む度に様々な感情移入をしてはポロポロ泣いている私。画風も大好きですし、心のデトックスに超お勧めの「浄化力強め作品」と出会えました。
さ、ドラマについては放映前なので書ける事はありませんが、Lilかんさいの西村拓哉君が天使役にキャスティングされているのは、原作厨の方にも納得してもらえる透明感あるビジュアルなのではないかと思って、その点期待しております。
…今は、BLがこわい。
おあと、ドラマ放送のお支度が整ったようでございます。
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