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ギャラが良かったその昔(バンドマンこぼれ話)

「アコーディオンの音色は人を幸せにする」安西はぢめです。仕事らしい仕事がないまま5ヶ月が過ぎました。この極端な数ヶ月を引き合いに出すまでもなく、それ以前からも数十年かけて「良かった頃」に比べて仕事の本数や内容は随分と変わって来ていたのは事実です。私の師匠、故金子元孝(後の万久)は時々「良かった頃」の話をしてくれました。今日は「せめて頭の中くらい景気の良い話を」そんな聞き書きを残しておきたいと思います。

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【ご自宅の稽古場に掛けられた金子先生の色紙】

仕事がない事が「無い」時代を生きたバンドマン

2007年7月10日、朝ご飯を食べていた時に倒れ夕方には帰らぬ人となった師匠。享年81歳。高度成長期やオリンピック特需、80年代バブルに至るまで、ダンスホール、ビアホール、キャバレー、クラブなど日本の夜の社交場を余すことなくその目で見て来た人でした(ご本人のキャリア的にレギュラーが一番長かったのはビアホールだと聞いてます)

バンドマンたちは銀座のビアホールに採用が決まった時には、まず仕立て屋さんに連れて行かれ、サイズを採寸されてお店のイメージに合うようなオーダーメイドの高級スーツを作ってもらうか、支度金をポンと渡されてパリッとしたものを新調して着て行ったものだそうです。

そのような華やかな時代、大きなキャバレーではバンドが2つ入っているのが通常だったそうです。ご存知ない方のためにお話しすると「キャバレー」というのは本来ダンスフロアを擁した社交場で、演奏内容が異なるバンドが30分交代で社交ダンスの伴奏をするのが人気店・大規模店の「売り」でもあったからです。片方のバンドは所謂スタンダードを演奏するバンドで、ピアノ・ベース・ドラム・管楽器・歌手などの構成です。対してアコーディオンが入っているバンドは「タンゴバンド」と呼ばれていました(

「タンゴバンド」はアコーディオン・ピアノ・ベース・バイオリン・歌手などで構成されます。ドラムがいない代わりにバイオリンが入っています。片方がドラム入りでジャズやポップスなどの軽めな曲などを演奏したり、ムーディーなスローを演奏した後に、アコーディオンが入ったバンドがガラッと違う雰囲気でワルツやタンゴを演奏するという訳です。このセットが一晩に3回ほどあったそうです(お店の人も「3回目始まったから何時頃だな」とペース配分していたのではないかと想像しています)交代交代でステージに上がりますからこういう業態のバンドを「チェンジバンド」などと言ったりもします。

一番良かった頃は…

さて、このチェンジバンドをやっていると一つのバンドに5人。それが2組。既に出演者だけで10人です。お店のスタッフさんたちや、お客様の人数も流行っている店なら尚更大勢です。しかも、お店は出来るだけ席数を増やして儲けたい…となればバックステージが削られます。つまり「楽屋がない」とか「あっても順番に着替えるのがやっと」なんてことはザラでした。(今でも飲食店にお世話になる時は殆ど同じ状況です)なので次の演奏までの間、バンドマンたちは店の外へ出ます。そんなバンドマンが毎晩溜まる喫茶店も繁華街毎にあったようです。

さて、そこで我らが金子リーダーがとった作戦は「店の隣りの寿司屋を毎晩5席借りる」でした。休憩時間毎にメンバーと寿司屋のカウンターに陣取り、ちょっと何かつまんでビールを飲み「お、そろそろ時間だ」と店に戻って30分演奏し、また寿司屋に戻っては小腹を満たし、しばらくすると次の演奏をして…と繰り返すわけです。そして「寿司屋の勘定をして、メンバーにその日のギャラを払っても、まだ遊びに行く金が手元に残った」と語っておりました。いや〜、なんとも羨ましい。そして、私に向かって「安西さん気の毒だねぇ。あんな時代はもう来ないんじゃないかと思うよ」と言って笑うのでした。生演奏が尊重されていた時代の良いお話しです。

いつから先細って来たか聞いたところ、金子先生ご自身では「カラオケが出来てからバタバタバタッと現場がなくなった」という実感を伴っていたようです。確かにバンドを入れていた店がバンドを呼ばなくなり、一人で済むエレクトーン奏者だけに代わり、やがてエレクトーンもクビになり、カラオケがあるだけになったという変遷は御茶ノ水にあるアコーディオンの老舗「谷口楽器」の谷口賢会長の口からも聞いた事があります。今まで鑑賞する側だったお客様が自ら歌声を披露するようになるという意識の変化の後押しは、生演奏文化が変わって行く上で大きな働きをした要素ではないかとつくづく思います。

これから先のこと

さて、この先の未来は一体どのように音楽を享受する時代になって行くのでしょうか。一つ気掛かりな事があります。それは、時々耳にする自粛期間以来無料配信を当たり前だと思っている層が一定数いるという話です。実際に私の友人も、有料配信の告知をした時に「○○さん(大物ミュージシャン)も無料で配信しているのに、貴方が有料なのはおかしい」という匿名のメールが届いたそうです。例えば莫大な広告料を払っているスポンサーがいるお陰でテレビが無料だという事に考えが及ばないのはとても残念な事です。発生したコストは必ずどこかが負担しています。仮にそれが発信者本人だとしても。しかしながら、それだけ「見たい聴きたい」ということの裏返しだったのかもとも受け取れました。願わくばこれからも、喜びを与えてくれる作曲者や演奏者、それらを支える音響技術者など全ての人に制作コストに見合うだけのキチンとしたギャランティーを支払うことが当たり前の世の中であって欲しいなと、一介のミュージシャンとしては切に思います

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【人生の友となりけりアコーデオン】書画 金子先生筆(安西はぢめ蔵)

注)「タンゴバンド」と呼ばれていても、実際にバンドネオンが入っているガチな「タンゴ楽団」という訳ではなく、「アコーディオンが入っていてタンゴも弾くバンド」程度の意味合いで定着していた言葉

1935年創業のアコーディオン・ハーモニカ・レフティギター・ベースでお馴染みの「谷口楽器」オフィシャルページはこちら↓

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