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【独り言】アコーディオン弾きとタンゴ【ちょっとだけ】

※始めに。「ちょっと」のつもりで書き始めたら四千字を超えるボリュームになっちゃいましたが、このコラムはアコーディオンでタンゴを弾くことについて私がどのように考えているか、タンゴという素晴らしい音楽をいかにリスペクトしているかを個人的な観点から書いたものです。そして、アコーディオンでタンゴを演奏すること自体を否定する意図が一切ないことを予めお断りしておきます。さあ、私のタンゴへの取り組み?(というほど大袈裟ではないですけれど)を、どうぞお読みください!

皆さんはタンゴという音楽ジャンルをご承知のことと思います。日本に伝わって以来、度々流行が訪れては愛好者も演奏者も、そしてダンスを楽しむ方も絶えない、大変魅力的で素晴らしい音楽だということは私の言を待つまでもありませんよね。そして、タンゴその物にクローズアップしていくと、それはそれは様々な演奏スタイルがある事や、世界中がタンゴに熱狂して流行った結果としてアルゼンチン以外でも、世界各地で独自の曲が作られたり、現地に根付いた形で演奏されたりしています。1910年代にはパリにもアルゼンチンからの楽団が公演をし「タンゴ旋風」が吹き荒れ、その挙句にクロマチックアコーディオン奏者が弾けるようにと見た目はアルゼンチン式のバンドネオンのようだけれども配列が異なったクロマチックバンドネオンがぺギュリ兄弟によって作られたことなど、アコーディオン界と接点交流があったことはアコーディオンに限らず大衆音楽史的にすごいポイントだろうと素人ながらに思います。私の永遠の憧れである巨匠トニー・ミュレナも、クロマチックバンドネオンの名手としてその名を馳せていますし、名だたるミュゼット弾きたちもタンゴの時だけはクロマチックバンドネオンに持ち変える人は何人もいます。お調べになると、Louis CorchiaやJean Cortiなどの演奏動画を目にする機会がきっとあると思います。さて、その流行の結果、フランスはもちろん、ロシアやポーランド、ドイツ、イタリアなどに独自のタンゴが生まれ、流行歌曲やダンスシーンにも取り入れられ、そして日本にもいわゆる「和製タンゴ」と呼ばれる曲は数多く作られ、今だに耳にする事ができます。それこそ単(ひとえ)にタンゴが愛され続けている証左に他ならないと思います。

【トップ画像もこちらも私の蔵書の書影。どちらもアコーディオン用に編曲されたドイツのタンゴ曲集。定番の名曲の数々がソロで弾けるアレンジになってます。出版物があるということは、一定の需要がある証拠ですから素晴らしいことだと思います】

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【積極的にタンゴを弾かないワタシの言い分】

「タンゴ、特にアルゼンチンタンゴの事が好きで心底カッコ良いと思うが故に」バンドネオン弾きでもなければ、音楽活動が「タンゴひと筋」ではない私は、ある種の後ろめたさ、申し訳なさを感じて基本的に人前でタンゴは弾きません。これは私のこだわりというか筋の通し方の一つで、タンゴに人生を懸けている「タンゴミュージシャン」が知り合いにも何人かいる事と相まって、タンゴと、その周りの人々への経緯がそうさせるものでもあります。ジャズに命を懸けている人がいるのに「なんちゃって」な人が「ジャズ『も』弾けます」なんてのはジャズにもジャズミュージシャンにも、オーディエンスにも不誠実である事と感じるのと似ているかも知れません。

ミュージシャン同士で話す時に「どジャズの人」という表現があります。例えば「今度一緒になる○○さんのサックスってどんな感じ?」「色々器用に吹く人だけど根はやっぱり、どジャズの人だからアドリブになるとご機嫌なあちぃソロかましてくるよー」なんて会話で使います(若干古め昭和のミュージシャンぽい例文になりました)「ど真ん中」の「ど」と同じ「ど」の使い方ですね。この「どジャズ」の人とご一緒した時、何気なくサラッとシンプルなメロディを奏でた時にさえ感じる「ジャズ感」ってのがあるんですよ。ただ「それっぽく」弾いたり吹いた旋律とは違う、ジャズの息吹が籠った響きが。それだけに、その曲を借りたからと言ってそのジャンルを演奏しているとは到底思えない訳です。「どタンゴの人」という表現は聞いたことがありませんが、タンゴのミュージシャンが刻むビートやそれに乗る旋律の歌い方、紡がれるカウンターメロディなどにはとても「敵わないな」と思います。

この現象は、例えばブラジル音楽界隈などにも顕著で、ブラジルの多種多様で豊かな音楽をリスペクトしてブラジル音楽だけに邁進している音楽家が日本には数多おります。かくいう私も以前ショーロが好きでホーダ・ジ・ショーロ(Roda de Choro 机を囲んで楽器を持ち寄って行う、伝統的に行われて来たショーロのセッション形態。交流を深め、互いの技術を研鑽したりするのはもちろんのこと、曲の伝承などにも重要な役割を果たす場となっています。コロナ以前は都内近郊でも毎週のように行われていました)にちょくちょく顔を出していました。その時、そこに参加している皆さんはフレンドリーで大変温かく迎えてくれたのですが、私は「あぁ、こんな覚悟もないままに弾いていては失礼ではなかろうか」と割と思い詰めてしまい、楽器を持たず聴き役に徹しに行ったりする程度にトーンダウンしてしまった事があります。やはり、音楽ってその成り立ちに敬意を払って接するべきだと思うんですよね。私が私淑しているブラジル音楽専業のサックス奏者浅川宏樹さんの「ポルトガル語で吹く、のが信条」という言葉には大いに啓発されました。これは本当に誠実なアティテュードとして見習うべき姿勢だと思います。時に、ブラジルはアコーディオン大国というのに相応しい国で、素晴らしい音楽家がたくさんいて、その表現も多彩です。私の人生がもっともっと長いのならば、アコーディオンを背負ってブラジルにも飛んで行ったでしょうし、きっとタンゴにもジャズにももっともっと没頭して研究・研鑽を重ねたと思いますが、特に最近実感として音楽をするのに人生はあまりにも短いので、来世に期待なのです。

【大人気!リクエスト上位にはいつもタンゴ】

さて、話しを元に戻します。タンゴについて考えると、アコーディオンはそもそもタンゴで使われている楽器ではないので、そこにも無理がある訳です。ここで詳細は割愛しますが、タンゴで使われるバンドネオンはアコーディオンの親戚ではあるものの構造も音色も全く違う楽器なので、アコーディオンでタンゴを弾くためには「別物」と割り切ったアプローチが必要なんだと思っています(「バンドネオンだって始めはタンゴに使われてなかったじゃないか!」というお詳しい方があるかも知れませんが、バンドネオンが使われる以前の初期のタンゴについて、ここで触れる積もりはないのでスルーでお願いします)

が、しかし!レストランなどでテーブル回りをしている時など、タンゴのリクエストの多いこと多いこと!殊にピアソラのリクエストが多いこと多いこと!!皆さん本当にタンゴお好きですね。むしろピアソラ好きというべきか(ひと昔前なら十中八九「ラ・クンパルシータ」をリクエストされていたそうですが、亡くなった師匠でさえ今から20年ほど昔に「最近はみんなタンゴって言うとチャッチャッチャッチャッじゃなくて、ピアソラをリクエストしてくるんだよ」と言っておりました。それを思い出す限り、ピアソラ生誕100周年に合わせて始まった現象ではなかったようです。個人的にはタンゴに加えてピアソラは「ピアソラというジャンル」という表現もあるくらいですから、心して研究したり取り組むべきだと心得ている次第もございます)

以前は全てのリクエストを「引き受けなきゃ二流。できない方が悪い」と思っていましたが、殊にピアソラの完成された名曲たちを一人で弾くなんてピアソラ氏に申し訳ないし、聴く人にも満足してもらえるとは到底思えないと思う立場から私はご遠慮させて頂いてます。例えばクラシックのオーケストラで弾く有名な曲をリクエストされたら間違いなく断るだろうという事態に似ています(高級イタリア料理店でバイオリン独奏の名曲「ツィゴイネルワイゼン」をリクエストして来た人がいたのを突然思い出しました。そう言うミュージシャンのトラウマになるようなリクエストはやめましょう)

知り合いのタンゴ専門家に聞いたところによると、基本的にタンゴは「書かれた」音楽で、フィーリングに加えてきちんとアレンジされた楽譜を再現する技術も必要なジャンルだそうです。言われてみればクラシックの音楽イベントのプログラムにもタンゴが並ぶことがしばしば見受けられますから、確かにクラシックの音楽家とタンゴの相性は良いのだと思います。たとえ何となく曲を知っていても、それだけでは計算され尽くした美しい楽曲の全てを、そんな思い付き程度で処理できるはずもありません。仮に私が何か一曲を選び、それを人前で演奏する作品として「作る」ためにはそれなりの準備期間が必要になること必至です。それが良い出来になるかどうかは私次第という訳ですが、納得して人前に出せるか、正直ちょっと自信ございません。

【私が弾くタンゴ】

もちろん、プロのあり方の一つとしてつべこべ四の五の能書き垂れずに黙って言われた物の「さわり」を弾くという選択肢もありますが、それは大袈裟にいうと聴き手も、音楽自身も、音楽家である自分も侮辱している気持ちになってしまうので、良心に照らすとちょっと胸が痛む選択なのです。とは言いながら、ミュゼットの中にはワルツ・ポルカ・パソドブレなどと並んで「タンゴ」は人気もあり、それなりの曲数もありますし、「タンゴ風」という指定のシャンソンや日本の歌謡曲などで「タンゴで」と指定があるものも数多くあります。例えば、今に歌い継がれる戦前の大ヒット、チャイナメロディの名曲「何日君再来」など、当時最先端の流行としてアコーディオンとタンゴを伴奏に取り入れている例もあります。でも、それらは逆に「厳密な意味でタンゴでなくて良い」ということから私の心理的ガードが下がって抵抗なく弾くことができます。あー、色々とややこしくてスミマセン。ともかく自分の中に「これはOK、これはやめておこう」という基準がある事はお伝えできたのではないでしょうか。当然ながらリクエストする側は好きな曲を出せば良いので、こちらはお客様にとやかく何かをいう立場にはありませんが、せっかくお伝え頂いたリクエストの内容には必ずしもお応えできない所以です。寿司屋はいくら頼まれても、お店でカレーを出さないという事です。家では美味しく作って家族や友人と食べるかも知れませんけどね。

【「何日君再来」はアコーディオン一本でタンゴ風の伴奏がオリジナルでした】

この動画ではティノ・ロッシの名唱でヒットしたフレンチタンゴを弾きました

【たまには王道タンゴも弾いてみたり…】

繰り返しになりますが、若い時にはちっとも分かりませんでしたが、一つ一つの事をじっくり考えて取り組むのに人生はあまりにも短いですね。それを踏まえて、タンゴについては来世に時間の配分を割り振った次第です。今日はそんな独り言にお付き合いいただきありがとうございました。

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