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デザインマネジメント論が洗練されないわけ

八重樫文さん+安藤拓生さんの『デザインマネジメント論』を巡るポドキャストの4回目をリリースしました。

今回は4章から「デザイン推論」「創造性」「メタファー」「プロトタイピング」をとりあげました。いずれもイノベーションにデザインは有効だ!と強調されるときに使われる言葉です。これらがデザインマネジメントのなかでどう定義されているか?というわけです。

推論として「ディダクション(演繹推論)」「インダクション(帰納推論)」「アブダクション(仮説推論)」の三つがあります。ディダクションは一般的な知識や普遍的な知識からより具体的な知識を導き、三段論法がこれにあたります。一方、インダクションは具体的な事実からの推論であり、「暑い日にビールがよく売れた」「気温の高い他の日もビールがよく売れた」という事実から「気温の高い日にはビールがよく売れる」と推論することになります。

さて3つのアブダクションです。哲学者のチャールズ・S・パースは以下のように説明します。

「化石が発見される。それは、たとえば魚の化石のようなもので、しかも陸地のずっと内側で見つかったとしよう。その現象を説明するために、われわれは、この一帯の陸地がかつて海であったに違いないと考える。これも一つの仮説である」

インダクションもアブダクションも、「結果として仮説を生み出すこと」ですが、違いは観察から導かれているかどうか、です。インダクションは観察可能な事実の積み上げに基づき推測していますが、アブダクションでは、そうして事実の積み重ねを必要とせず、「発想の飛躍」が介在します。したがって、デザインの思考の説明に使われやすく、かつイノベーションのための発想としてアブダクションが非連続的な発想を正当化するに適当だということになります。

また、デザイン学者のキース・ドーストは「フレーミング」がデザインの思考のキーであると述べています。椅子といえば座面があって脚があるものと思い描きますが、座るという行為を目的とするならば、階段に座布団をおくのも椅子になります。このように枠組みを変えることを「リフレーミング」と称し、これが創造的な見方をつくることになります。よって、これもイノベーションを考える際に有効です。

ここまでが本に記載されている内容からの引用とぼくのコメントです。

さて、ぼくが疑問に思ったのは、パースは1839年生まれで1914年に亡くなった方ということです。このアブダクションがデザインの世界で言われるようになったのは、もっとずっと後ですが、それでもそれなりの時間を経過しています(詳細は録音を聞いてください)。それなのに、アブダクションが何か最近の推論方法のようにデザインのなかで言われがちな印象があるところです。 

この点について八重樫さんは問題意識をもっており「相変わらず、デザインマネジメント論のなかでパースのアブダクションの定義がダイレクトに使われることが多い」と指摘しています。つまり、デザインマネジメント論がアブダクションという言葉を自分たちの領域のための言葉としていない、即ちローカライズの熟成の域に入っていない、との現実があります。デザインはイノベーションに有効だ!とこれだけ盛んに言われるタイミングにあって、です。

デザイン論が本格的にスタートしたのは先週の話題にもありましたが、ロンドンで開催された1962年の第一回国際デザイン方法会議です。およそ60年を経過したがゆえに、少なくても5つの理論は整理されていますが、他分野から援用してきた概念が自立したとは言い切れない粗が目立つ、との事実は指摘できそうです。

あとぼくが大いに気になるのは、この60年間の経過をみると圧倒的に英米の学者のリードが目立つことです。各国語で書かれた論文が、その後に英語になっているか、あるいは直接英語で書かれた論文もあるでしょうが、デザイン実践の実績が特に英米にこれほどに依存しているわけでもない現実を省みると、かなりアンバランスであるなあと感じます。それがデザインマネジメント論が洗練しきれない、言い換えれば、クローズドな世界観が充満している背景なのではないかと妄想するのです(門外漢がエラソーにすみません!!)。

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