錯覚
Kは頻繁にギャラリーに立ち寄り、私と話していくようになった。
Kは年齢は多分30代後半ぐらいで、大きな体格の人だった。
身長は180cm以上あって、ちょっと怖めの顔をしていた。
オーナーから聞いた話だと、某有名私大の元ラガーマンだったそうだ。
以前は報道カメラマンだったそうだが、今はフリーランスでいろいろやっているらしい。
時々、オーナーに誘われて三人で夕食をしたりしていた。
そのうちオーナーを交えずに、二人でも会うようになった。
会う、と言っても仕事終わりに飲みに行く程度だったが。
その頃、仕事が忙しくなったTとは二日おきぐらいに電話はあるものの、2週間に1度ぐらいしか会えてなかった。
Tには、バイトのことは話しても、なんとなくKのことは話さなかった。
Kは、飲みに行く以外にも誘ってくれた。
映画や動物園や水族館、有名な花火大会やマイナーなお祭りに誘われたり、紅葉や桜などが美しい秘境や知る人ぞ知る温泉など、それまで興味がなかったことや気にも留めなかったことでも、その楽しみ方を教えてくれた。
ギャラリーで宿題を広げていると、大学の講義でわからなかったことも詳しく説明してくれたりした。教え方は、分かりやすくて上手だった。
怖めの顔でもすごく優しくて、頼れるお兄さんという感じだった。
Kの行きつけのお店に二人で行くと、「あれ、娘さん?仲いいですね~」とよく言われていた。
「いきなり娘かよ~!彼女だよ~!」
大抵はおどけて怒って否定していたけれど、時々「そうなの~!俺の自慢の、可愛い可愛い娘なの!」と嬉しそうに言っている時もあった。
私は父にも似た安心感を、Kに感じていた。
ある時、クラスの飲み会の帰り道に一人で繁華街の外れを歩いていると、Tの姿を確認した。
道の向こう側で、楽しそうに大声で笑いながら、派手目な女性と一緒に、一軒のラブホテルから丁度出てきたところだった。
以前見かけた時と同じ、特徴的な髪型だったので、同じ女性のようだった。
もう、偶然にも程がある…。
Tは私に気付いて、気まずそうな顔をして、一瞬目を逸らした。
横の女性は大声で笑いながら、Tに腕を絡ませていた。
私の中で、もういいや、という気持ちになった。
そのまま、Tには声もかけずに足早にタクシーを拾い、家に帰った。
その日の深夜に、Tが私の部屋に来た。
花束とワインのボトルを持って。
「一緒に飲もうよ。今日は忙しかったんだ。」
さっき会ったことには、触れないつもりのようだ。
「・・・あのね、面倒でしょ?仕事で忙しいのに、私のことまで気にしなきゃいけないのって大変でしょ?もういいよ。」
「もういい、ってどういうことだよ!?」
「女性と会っているのを、私に嫌な顔されるの嫌でしょ?」
「・・・仕事の接待以外、何もないよ。」
「あの人でしょ?あなたの車に大きなイヤリングを落としていたの。彼女が好きならそれでいいじゃない。私とはきちんとお別れしましょう。」
「俺は絶対別れない!」
Tは物凄く大きい声で怒鳴った。
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