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信州をめぐる冒険 4日目その1

 2020.10.30 Fri.
 4日目――最高の駅に行くぞ。

旅の予定

0659 軽井沢駅   →(しなの鉄道)→0708 信濃追分駅
0751 信濃追分駅  →(しなの鉄道)→0802 平原駅
0832 平原駅    →(しなの鉄道)→0836 小諸駅
0920 小諸駅    → (小海線) →0935 佐久平駅
1029 佐久平駅   → (小海線) →1200 野辺山駅
   野辺山駅   → (徒歩)  →   JR最高点
   JR最高点   → (徒歩)  →   清里駅
1541 清里駅    → (小海線) →1603 小淵沢駅
1625 小淵沢駅   → (中央東線)→1652 上諏訪駅
(一泊)

静寂の朝

 旅人の朝は早い。6時台にチェックアウト。まただ。悪い癖だ。駅まで歩く。静かな街。寒い朝だ。薪売りの看板が見える。暖炉にくべられた火は優しく燃える。パチパチ。淹れたてのコーヒーから立ち上る湯気が目覚めを誘う。枯れ葉が舞う秋だというのに、冷えた空気は僕にそんな幻を見せる。薪の燃えるパチパチという音が視界の端で聴こえる。けれども、そちらを振り向いた途端、それは気配を消す。気のせいだとまた前を向いて歩き始めた途端、また、幻が聴こえる。

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 誰もいない。一人きりの秋。降りてきた雲が、高原を意識させる。東京の朝には出会えない静寂。どこかで鳴いた鳥たちだけが知っている朝。僕はそんな朝に出会えた喜びを一人胸にしまい込む。
 ホームの温度計は摂氏2度を示す。凍りついた町は少しずつ溶け出し始め、時の流れを思い出したように橙色の電車がやってくる。
 街はあんなに静かだったのに、車内は学生たちで賑わっている。駅ですれ違った人々は皆、新幹線に乗って遠くへ旅立ってしまった。しなの鉄道の列車内には見当たらない。亡霊だったかのように。どこかへ通り過ぎて、去ってしまった。

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 軽井沢駅を列車は出発する。昔、横川とつながっていた線路の延長線上を。会社が変わって、乗る人も変わった。道だけは変わらない。大地は車輪の回転も車体の軋みも覚えている。

0659 軽井沢駅   →(しなの鉄道)→0708 信濃追分駅

 二駅先で僕は降りる。信濃追分駅。

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 追分というのは、分岐点のことで、ここでは中山道と北国街道の別れのことを言う。その分かれ道をゆけば、遠く離れた地へたどり着く。反対の道を選択していたら、また違った景色があった。町も、通り過ぎる人々も違っていた。しかし、この道を選んだから今見える景色がある。その危うさ。とっくの昔に気づいていた。僕の観たかった景色はこんな今だっただろうか。光の射す方へ向かえばよかったのだ。それもまた人生。
 時間があれば、近くの、堀辰雄文学記念館や分去れの碑を観たいと思った。しかしあまりに寒い。やはりもう一枚防寒着を持ってくるべきだったのだ。結局、大正12年建築の駅舎を眺めて過ごした。

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 さわやか軽井沢。さわやかに、分かれ道で違う道をいきたいものだ。そしてまた、観てきた違う景色を教えてほしい。

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 古い木造の駅舎と、コンクリートのホーム。近代的な跨線橋と待合室。日本の各地に同じような駅はある。一瞬、見たことがあるとどこか懐かしさを覚えるが、違う駅だと気づく。どの駅もやはり違う。木々の色も風の冷たさも、町の音も列車の形も。駅が見てきた人々も違う。新しい朝が来て新しい旅人を運ぶ。

0751 信濃追分駅  →(しなの鉄道)→0802 平原駅

 次に降りたのは、また二駅先。平原駅。「ひらはら」とよむ。「へいげん」ではない。

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 貨車駅。北海道かと間違うような。北海道以外で、貨車駅(昔、貨物列車の車掌が乗っていた車両を改造して待合室にしている駅)は珍しい。駅のホームには学生が二人。待合室にも二人ほど。立派に利用されている貨車駅。奇妙だ。しかし、まわりにはなにもない。なにもないとはこのことだ。

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 細い道と森。主要な道路からは少し離れたところに佇む駅。5分も歩けば国道にも出られるが、駅前にはなにもない。駅舎と反対の、南の方は田畑が広がる田舎道だ。その道を僕は歩いていく。

平原駅 → (徒歩) →三岡駅

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 しばらく行っても、同じような道が続く。

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 4駅隣りの、軽井沢のショッピングモールが別の惑星みたいだ。時間の流れ方もきっと違う。
 坂を登って、ようやく大きな道に出た。片側1車線ずつの道路で、車が行き交う。トラクターぐらいしか通らなかった先程の道とは大違いだ。やがて駅にたどり着く。JR小海線。三岡駅。

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 先程までとは打って変わって、えらく近代的なコンクリートの駅舎だ。昔の駅舎はどんなだっただろう。調べてみたら、けっこう立派な駅舎で、どうしてこんなに簡素になってしまったのだろうか。利用者が減ったからだろうか。きっとそうだろう。でもこの駅がなかったら、平原駅から乗り換えが大変なことになる。500メートルほどしか離れていないから歩いて乗り換えようと思えるのだ。駅が無くなったら大変なことになる。そもそも誰もこんな駅で乗り換えないって? そういうことを言ってはいけない。きっと誰もが、平原駅なんかで降りなくて、小諸駅までしなの鉄道を乗って、小諸駅から小海線に乗り換えるのだ。僕もそのつもりだった。小諸駅で朝ごはんを食べて。という予定だった。しかし前日に調べたところ、この時間に小諸駅で朝食にありつくのは難しそうだと判明したため急遽予定を変更したのだ。そして新たな駅へ。

0849 三岡駅  → (小海線) →0856 佐久平駅

佐久の罠

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 佐久平駅である。新幹線も停まる。駅の1階のお店が9時半からみたいなので、その間、駅と駅前を探検することにする。

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(閉店が18:30となっているけど、どうみてもイラストは18時である)

 駅前にはこんな物があるらしい。

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 佐久はバルーンの町らしく、そういうイベントもあるようだ。よく知らなかったけど。そしてマンホールデザイン。現在、佐賀では、サガシリーズとのコラボで、ドット絵のマンホールをこの間設置していたが、佐賀もバルーンの街で、バルーンとマンホールにはなにか親和性があるのだろうか。これがわからない。
 ともかく、北斗七星の形に、マンホールが設置されているらしい。見に行くか。暇だし。

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 ラオウ。今回の我が旅に一片の悔い無し!

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 トキ。まだ死兆星は見えないよ。

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 ユ、ドリア!

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 ジャギ。リンやバットを差し置いてマンホールに描かれるとはな。

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 ケン。なんで主人公だけケンシロウって和風の名前なんだろう。

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 サウザー。悪いやっちゃで。

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 最後はレイ。心優しき男。

 なんで北斗の拳とのコラボなんだろうと思っていたけど、どうやら武論尊が佐久市出身らしい。
『愛をとりもどせ』を歌いながら、マンホールを見て、駅に帰ってきた。
 ていうかシンは……。

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 おみやげやさんを物色。

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 思わず買ってしまった。期限が近いから安くなっていた。早く皆買ってあげて。そうこうしているうちに、9時30分、そろそろ朝飯にありつけるかな。

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 え。
 案内板を見たら10時から……。ネットには9時からって書いてあって、それが9時半に変わっていたのはわかっていた。けど、さらに変わっていたとは。こんなことなら、信濃追分駅から少し歩いて探検できた。あるいはチェックアウトを遅くしてホテルで朝飯食べたら良かった。
 まあいいや、一つ早い電車で行こう。と思って調べたら、次の電車は予定の電車までなかった。そうか。
 諦めた僕はおみやげやさんで軽く食べれそうなものを探した。

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 信濃くるみ坊(216円)、鯉ぐるま(172円)。この、くるみのが特に美味しかった。小海線の待合室で食べた。そこに、高齢の団体の人々が現れた。どうしてあの世代の人々は群れて出かけるのだろうか。団塊の世代だからか。もう少し上か。
 ホームに出てみる。ここに来たかったんだ。そのために降りたんだ。

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 手前が小海線の線路で、奥の緑の屋根があるところが、新幹線の線路だ。世にも珍しい、新幹線のホームの上に在来線のホームがある駅。

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 やってくる新幹線がよく見える。次は新幹線で来ようかな。

1029 佐久平駅   → (小海線) →1200 野辺山駅

最高の地

 佐久平駅を出た列車は南下する。素晴らしい景色の中を。山しかねぇ。最高。途中の中込駅で、また団体が乗ってきた。ローカル線で平日だからもっと人は少ないと思っていたのに。でも活気があるのは良いことだ。廃線にはそう簡単にはならないだろう。でもこのご時世に団体で乗り込むのはどうか。人生だものな。今日見れる景色は明日には見れないものな。それはともかく、その団体の人達は地元の人達らしい。小海線の魅力を再発見しようという感じのツアー? だった。
 その団体の中の、僕の隣りに座った女性が僕に話しかけてきた。カメラを持って電車に乗っているから。撮り鉄ですかと。残念ながら違うのである。正直あんまり車両とかに興味がない。一番興味があるのは駅である。駅が好きなんですと話す。
 高原を列車は行く。龍岡城駅。ここからは、龍岡城に行ける。日本に2つしかない星型の城がある(もう一つはもちろん函館の五稜郭)。あるというかあった。今は小学校として使われている。隣の駅は臼田駅で、このあたりから、日本で一番海岸線から遠い場所に行くことができる。時間があれば龍岡城とともに行きたい。そしてこの臼田というのは星の町として有名だ。星型の城跡があるから、だけでなく、JAXAの観測所があるからである。でかいパラボラアンテナがある。やはり宇宙を観測するには標高が高いほうが有利なのだ。このあたりで星空の写真を撮影したいね。しかし今回は降りないのだ。残念ながら。
 ようやく、列車は目的地に着く。野辺山駅。ここで大半の人が降りた。景色が素晴らしかったので、1時間半なんてすぐだった。天気もいいし。もうちょっと人が少ないときにのんびり乗りたいですね。

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 最高の駅だ(標高的な意味で)。JR線と書いてあるが、一般にイメージする鉄道の駅としては日本最高の駅である。索道などを含むともっと高いところはある。

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 標識にまで書いてある。
 さて、ここから最高地点までは徒歩である。あくまで野辺山駅は最高駅。JRの最高地点はここから2キロほど離れている。
 僕は歩く。やはり旅は歩きである。

   野辺山駅   → (徒歩)  →   JR最高点

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 道中、道路沿いである。遠くに山があって青い空。畑が広がる。いい景色だ。

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 線路の向こうには大きなアンテナが見える。こんなところにも。おそらく、国立天文台野辺山宇宙電波観測所と思われる。

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 車もあまり通らないので、道路で撮る。線路と平行に道路が走って、その隣に畑も続いていく。どうしてこんなに癒やされるんだろう。ここは南牧村(みなみまきむら)。決して群馬県の南牧村(なんもくむら)ではない。

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 思わず、ビニールハウスの骨組み(?)に近づいてこんな写真を撮ってしまう。どこまでも続いていくように見える。

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 線路脇にはこんな文字。JR最高地点を愛する会。あなたも愛するかい? かなり愛している。景色も素晴らしすぎる。もう少し歩くと着く。最高地点に。でも、到達してしまう寂しさを感じ始めている。こんなところに来るなんて、10年前は考えなかった。あの哀れな少年はもういないんだ。行きたいところに一緒に行きたい人は一緒にはいないけれど。縁川さんと一緒だったらこんな景色が見れるのにね、でもそういう傲慢さが人を孤独にするのか。景色も感情も、誰とも共有できないから写真を撮るのだろう。写真を見ていい景色だねすごい素敵、はあるけど、気温や匂いは本当には伝わらないし、汗や疲労も伝わらない。ここまでやってきたから旅を続けたから見える景色なのだ。やっぱり旅はいいものだ。

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 1375m――こんな標高のところに来たのは久しぶりだ。いや、初めてかもしれない。ちょうど1時頃なので、お腹も空いたし先に昼食をとることにする。

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 ざるそば(810円)、ミニとろろ丼(420円)。

 よかった。やはり信州。そばである。

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 最高地点の碑を見てから次へ進む。

(その2へ続く)

もっと本が読みたい。