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スローライフ回帰への覚醒

<物心の満足とは>
永劫回帰というフリードリヒ・ニーチェの後期の思想があるが、人間が精神的に進化を遂げているとは甚だ疑わしい。21世紀になってむしろ20世紀の世界大戦を二回も教訓として痛感した英知が逆行していると感じる場面が多い。為政者を見るに中国、ロシアなどの専制主義が再び大きな首をもたげている。民主主義の実験室であったアメリカですら、トランプ支持者の根強い地盤が強固となり、二極化で決裂した状況になったのは初めてであろう。TED TALKのスティーブン・ピンカー氏によれば、殺人、戦争、貧困、汚染、その他いずれの指標をとっても、世界は確実に改善しているという。豊かな暮らしを追い求め、知識を磨き技術を産み出してきた結果として、生活水準は確かに向上したのだろう。しかしながら、人間の本質として精神的な高みに至っているとはとても思えない。

<人間本性のやり過ぎ>
常時スマホを手放せず、デジタル化という麻薬に溺れた社会は、かつてそうしたテクノロジーがない時代の精神的な平穏を損なってしまったのではないだろうか。本来、人間はある一定の文明水準で、多少の不便さがあったとしても、平和であれば普通の暮らしに幸せを充分感じ取っていた。ところが、殊に男性ホルモンテストステロンの性向だろうか、人類は適度な幸せに安住せず、私欲による支配拡大、熾烈な優越的地位の獲得競争に参戦する。したがって、世界の専制君主ならずとも、民間企業しかり、こじんまりとしたビジネスには飽き足らず、拡大再生産による富の蓄積を貪欲に追求する。古代からの領土争いは、国家間の軋轢に限界を見出した分、経済戦争に形を変えて置き換わっているに過ぎない。

<既に適度な技術を超えた>
私の生きる僅かな時代の変遷を顧みても、日本のバブル期で豊かさは異様に弾けたが、その当時の物質文明としては十分満たされていたと思う。今に比べれば、電話BOXでコインを入れて通話をしたり、チケットぴあでコンサートチケットの確保に電話を何度もかけるとか、信じ難いほど旧式かもしれない。ただ、TV番組を見ながらお茶の間の安堵のひと時とでも言いうべき、人間らしい昭和の風情は和みをもたらしていた。スマホ、ネット、LINEに一日中翻弄され加熱するばかりのデジタル社会では、アナログ時代の味わいが消え去り、肌感覚のないドライな関係が拡大し続けている。コロナによるリモートワークなど、デジタルの征服に拍車を掛けて、人間関係は素っ気ないバーチャル空間が主流となってしまった。しかし、バーチャル空間はオンオフを切り替える境目がなく、心の癒しや安らぎをもたらすオフタイムの権利をむしばんでいく。人類は身の程を超えて技術を発達させ、自らコントロールしきれない領域に突入していることを立ち止まって省みるべきだが、先進技術の盲目的崇拝に陥っているのではないか。

<ほどよい暮らしへの回帰>
精神的な豊かさは、人間本来の悠々自適な営みに宿っていたもので、AIを信奉する乾いたデジタル社会は機械的で無機質な砂漠と化していることに気づいていない。人生の潤いをたっぷり蓄える泉を少しでも保持するには、そこそこ満たされた暮らしに感謝する心のゆとりを大切したい。中国古代の老子思想タオイズムには、求めない無為自然な生き方が宇宙との調和を成すと教示している。極限までの便利さや効率を求めて人間らしさを損なっていることに気付き、適度なスローライフに原点回帰するべきであろう。

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