見出し画像

芸術のほんと

芸術って何か改めて考えてみません?

絵、音楽、踊り、写真、彫刻とか、芸術に分類される行為や物が「芸術だ!」
と言うのは僕はちょっと寂しい。


僕は、芸術とは

 無意味なものに、意味が芽生えること。

だと、思います。



例えば、絵だとこう。


ただの景観を書き出した1枚の絵がある。



客観的に見るとただの街の光景の記録である。



でも、

描かれた建物や人、

犬や車を眺めていると


見ている私の心に印象が芽生えてくる。



なぜか季節感を感じ出す。



それは

人の服装で判断しているのかもしれませんが、



夏には原色のキツさのあったと思われる壁が


冬の淡い光の反射で和らいでいるように見える。



冬の寒さを少し思い出す。


道に立つ電柱に触れた冷たさを想像して鳥肌が立つ。


電柱に張られた猫のステッカーが剥がれかけていることに気付き、


急に悲しさのような寂しさのような感情が芽生える。



っという風に。

ただの絵には本来は描けないはずの「印象」や「感情」などの意味を感じ取ることができます。

この過程こそが物が芸術性を帯びるということなのだと思います。


絵や写真の表面上の鮮やかさで「わーキレイ」と思うのももちろん芸術です。

立派な建築物の迫力も芸術です。

でも、それは本来の芸術が持つ深みには程遠いんじゃないかと。

遠く遠くの、
自分でも普段は思い出すことのない感性が芽生えるような、塞いでいた感情に踏み込んでくるようなものが究極の芸術なのではないか?
と思ったりします。


だから、自分の感性を投影したものは全てが芸術になりえます。

でも、はじめに挙げた「芸術に分類される行為や物」は元々の意味をほとんど持ち合わせないものだからこそ、芽生えてくる意味を感じとりやすいんじゃないでしょうか。


ところで僕自身に芸術性はどのくらいあるんでしょうかね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?