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"WHITE TOWN"の事。

音楽業界の「一発屋」の世界情勢について考えてみる。英語で「One Hit Wonder」なんて言葉があるように、海外でも多数存在する一発屋は、1つだけ大ヒットを放った後、鳴かず飛ばずで消えていったミュージシャンを指す。チャートと言えば、全世界やアメリカではBillboard Hot 100が主流だけど、Billboardの細分化したジャンルのチャートであるHot Rock & Alternative SongsとかDance Club Songs、今は無きModern Rock TracksやHeatseekers Songs、私たちの拠り所だったCMJなど、イギリスではナショナル・チャートからインディ・チャートまで幅広い。1曲でも上位に行けばコマーシャル・サクセスしたって事ではないんだろうけど成功したことは確かで、これは自分たち一般人からすれば偉業なんだけど、音楽業界では何だか揶揄されて、一発屋との称号をいただく。日本はヒットが1曲でもあれば、リバイバルする事も、メディアで使われることも、ストリーミング再生されることも、カラオケで歌われることも、制作者/著作権者の稼ぎとなる。一方、海外では、権利をすべてレーベルに持ってかれたり、絶版にされたりして、収益になっていない人は多い。1曲当てたら一生食っていけるというのは幻想なんだろうなあ。そんな悲しい運命を通過して、楽しく活動を続けている人もいる。White Townを憶えていますか...?

[Alain Delon EP] (1991)

White Twonはバンドと思われているかも知れませんが、Jyoti Prakash Mishraという人物のひとりユニットです。彼は、インドのルールケラ生まれで3歳の時にイギリスに移民したインド系イギリス人で、主にダービーで育ちました。The Pixiesのライヴに触発されて音楽を志した彼がWhite Townを始めたのは1989年、結成当時はバンド編成でした。Primal Screamなどのサポートでギグを行った後、1990年に自主制作の"White Town EP"でデビューしています。Pixies直系のノイジーなギター・サウンドと、イギリスっぽいダンサブルな疾走するビートに甘めのヴォーカルが絡む、爽快感のあるノイズ・ポップ・トラックでした。1991年には、設立間もないアメリカのギター・ポップ系インディ、Parasol Recordsと契約してシングル"All She Said"と”Alain Delon EP”をリリースしています。このEPは、見るからにモノクロのコピーで写真を無断使用したみたいなチープなジャケットや"Hair Like Alain Delon"なんて曲名など、インディ好きにとっては非常に触手の動くもので、内容の方も爽やかでチープなDIY感の溢れるギター・ポップの中々の好盤でしたが、メンバーが次々と去っていき、最終的にはJyoti Prakash Mishraのソロ・ユニットとなります。

[>Abort, Retry, Fail?_] (1996)

ソロとなってからも、数枚のシングルをParasol Recordsからリリースし、1994年にはデビュー・アルバム”Socialism, Sexism & Sexuality”をParasol Recordsからリリースしています。このアルバムは、Mishraがたった一人で8トラックのレコーダーで制作したもので、ジャングリーなギターやオルガンの響きが素敵なDIYポップ・ソングが20曲も並ぶ力作ですが、あまり話題にはならなかったかな。何年かの沈黙の後、ひとりで作れるポップ・ソングの可能性を追求したMishiraは、1996年に力作シングル">Abort, Retry, Fail?_"をParasolからリリースします。ギタリストのRob Fleayがサポートする以外は、ギターとシンセサイザーとサンプラーとTascamの8トラック・レコーダーだけで制作されたこの作品は、ヘヴィなビートや、スペイシーなサンプルによるドリーミィなポップ・ソングが並ぶ好シングルで、この転身は大成功でした。それどころか、あの"Your Woman"が、そのままの状態で収録されています。このシングルをBBCの Radio1のMark Radcliffeに送ったところ、気に入られてオンエアされ、それに伴ってラジオ各局でもヘヴィ・オンエアされ、EMIがオファーを出し、そのまま契約となります。

[Your Woman] (1997)

1997年に、EMI傘下のChrysalis Recordsからアルバムのリード・シングルとして"Your Woman"が再リリースされると、EMIが全く手を加えていないにも関わらず、UKナショナル・チャートの1位を記録したのをはじめ、ヨーロッパ各国で軒並みトップ10入り、オーストラリア、カナダ、そしてアメリカへも飛び火して世界中で大ヒットとなります。Tascamの8トラック・マルチ・レコーダーを使用して自宅で制作した曲が、世界中でプレイされたのでした。レトロで印象的なフレーズは、1932年にBing Crosbyがレコーディングした"My Woman"を、ジャズ・ビッグ・バンドLew Stone & His Monseigneur BandがレコーディングしてDeccaからリリースした、映画『黄金の雨』で使用されたヴァージョンからサンプリングしたものでした。歌詞の表現が物議を醸しましたが、数多くの人々を魅了した事は間違いありません。幸か不幸か、このヒットは彼の音楽人生を狂わせ...はしなかった。同年のアルバム”Women In Technology”は、UKナショナル・チャートで最高83位、全米Billboardでは最高84位という微妙な記録となり、次のシングル予定だった"Wanted"はリリースを見送られ、"Undressed"はリリースされたもののUKチャートで最高位57位にとどまり、同年に早くもEMIからレコード契約を解消されています。"Your Woman"は、ParasolからとEMIからのヴァージョンは、全く同じだった。メジャーと契約しなくたってヒットしたと思うし、Parasol Records、いやインディ・レーベル史上に残る屈指のヒット・ソングになったのではと思います。それだけ、良い曲だった。

[Women In Technology] (1997)

彼曰く、「EMIとのうんざりする仕事」を終えて、再びインディ・シーンに戻ったWhite Townは、自主レーベルBzangy Groinkを立ち上げ、2000年にアルバム”Peek & Poke”をリリースしています。このアルバムは、アメリカでは古巣のParasol recordsからリリースしています。2006年には、本格的にレーベルとなったBzangy Recordsからアルバム”Don't Mention the War”、2011年にはアルバム”Monopole”、2019年には"Deemab"を自身のレーベルからリリースしています。その順調な作品群と活動とは裏腹に、世間の評価は冷たいものですが、いずれもカラフルで良質なポップ・アルバムとなっています。時折、インタビューでEMIに毒づいたり、社会的な発言をしたり、自身の出自について語ったり、ストレート・エッジ思想について語ったりしている彼は、なんだか活き活きしている感じがします。

[Peek & Poke] (2000)

「ノーヒットワンダーよりもワンヒットワンダーの方がまだ幸せだ」と語ったMishraや、「一人でも聴いてくれる人がいるのも、最後まで曲がプレイされるのも、ミュージシャンにとっては奇跡なんだ」と語った偉大なアーティストもいる。"Your Women"が様々な人々に愛されている証拠に、色んなアーティストにカヴァーされている。2005年にTyler Jamesが、2009年にはPrincess ChelseaInが、これはディスっているのかも知れないけど2010年には"Never Be Your Woman"としてNaughty Boy presents Wiley featuring Emeliがカヴァーしている。サンプリングネタとしては、2017年にKate Earl が"All That Glitters" で使用、2020年にはDua Lipaのアルバム"Future Nostalgia"にこのフレーズを使用した楽曲"Love Again"が収録され、アルバムは大ヒットして話題になりました。みんな、"Your Woman"を知らなければ、この元ネタもフレーズも知らなかったんじゃないかと思います。

[Don't Mention the War] (2006)

いつの時代にも存在する「One Hit Wonder」。それを後悔したり、過去の栄光にしがみついているアーティストを否定する必要はないと思う。自分が丹精込めて創作し、多くの人々に愛された楽曲を糧に活動したっていいし、Jyoti Prakash Mishraみたいに、あっけらかんと、変わらないポップ・ミュージックを作り続けたっていい。彼のSptifyの登録リストは、続々と増えていて活動は盛んだ。MishraはあるインタビューでMagnetic FieldsのStephin Merrittが"Your Woman"を絶賛してくれたんだけど、最近のは好きじゃないらしいんだよね、なんて自虐的に冗談めかして語っていたけれど、Stephinはきっと、今でも彼のサウンドを好きだと思う。エレクトリックなポップ・ソングを作り続けている同志なんだから。

今回は、そんなエレクトリック・ポップ史上に残る名曲で、インディー・レーベル、DIYポップのセールス記録を更新しそこなった、今聴いても非常に新鮮なUKナンバー・ワン・ヒットとなったこのポップ・ソングを。

"Your Woman" / White Town

#忘れられちゃったっぽい名曲


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