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手をつないでいたのは恋人たち?

手をつなぐという行為に特別な意味があるということは、考えてみれば不思議ですね。手をつなぐのは友愛の象徴で、挨拶のときには握手し、恋人は手をつないで歩き、崖から落ちる人を助けるときには必ずと言っていいほど相手の手をガシッとつかむ描写が出てきます。向こうから歩いてくるふたりが手をつないでいたら、きっと親密な関係にあるのだろうなと想像してしまいます。

どうやら過去の人たちのあいだにも、手をつなぐという行為に特別な意味をもたせていた場合があったようです。手をつないだ状態で埋葬された複数の人骨が遺跡から発掘される事例が、時代や地域を問わず、たまにあるようなのです。人類が手をつなぐことに特別な意味を見出したのは、いったいどのくらい昔のことだったのでしょう。


モデナの恋人

さて、今回紹介する論文*1で注目されたのは、4−6世紀のイタリアの遺跡から発掘されていた、手をつないだ状態で埋葬されたふたりの成人です (図1)。このふたりは「モデナ (Modena) の恋人」と名づけられ、発掘のニュースはすぐに世界をかけめぐり、恋に落ちた男女が不幸にして同時に亡くなったというストーリーが作られたそうです。しかし肝心の骨の保存状態が悪かったため、骨の形態からは性別が確実には判断できず、またこれまでに試みられたDNA分析による性別判定も、複数のテストで結果が食い違うなど、このふたりの性別は確実にはわかっていない状況でした。

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図1. 「モデナの恋人」発掘時の様子。Lugli et al. (2019)*1 の図1 (CC-BY) を転載。

そのような状況のおり、Lugli博士たちの研究チームは、歯のエナメル質に残ったタンパク質に注目して、このふたりの性別を明らかにしました*1。「エナメルから性別」という記事で解説しましたが、歯のエナメル質に存在するアメロゲニンというタンパク質は男女で少し異なっており、質量分析を利用したプロテオミクス分析によってその違いを検出することで、個体の性別を明らかにできます。人骨の保存状態が悪くDNAは配列を読めなかった場合でも、タンパク質は分析できることが多く、こうした保存状態の悪い古人骨に適した手法なのです。

分析の結果、モデナの恋人たちは、実はふたりとも (遺伝子的には) 男性であったことがわかりました。この遺跡からはほかに11個体の古人骨が発掘されていますが、このなかには傷害をもつ個体もおり、この遺跡は戦争に関連した遺跡ではないかとも考えられるそうです。「恋人たち」は、実は兵士や友人やいとこや兄弟であり、戦争によって死亡し、同じ墓に葬られたのかもしれない、と研究チームは議論しています。

このふたりが実際に恋愛関係にあった可能性も否定はできません。しかし、この時代のこの地域ではホモセクシュアルな関係が禁じられており、男性同士の恋愛は犯罪とみなされていたそうです。そのため、埋葬の際にわざわざそうした危険な関係をほのめかすようなことをする理由もないのではないか、と議論がなされています。


日本の場合

実は、男性同士が手をつないで埋葬された同じような事例が、日本にもあるのです。奈良県にある藤ノ木古墳から出土した石棺のなかに、手をつないだ状態の成人ふたりが埋葬されていました*2。埋葬時期は6世紀ごろと推定され、未盗掘で豪華絢爛な副葬品も一緒に出土したことから、昭和の終わりに大きなニュースになったようです。ところが、京都大学の教授であった片山一道氏がこれらの人骨を鑑定したところ、双方とも女性ではありえないだろうという結論に達しました。

片山氏は以下のように書いています*2。

同時埋葬と考えるのが、多くの考古学者の見解である。ならば、若い二人の男性が時を同じくして死亡したことを示唆する。社会的にも特別に近しき関係にあったはずだ。さらに、石棺のサイズが大きめであることから、あるいは出来合いの古墳に急遽、ただごとならざる事情で死亡した、特別な関係にある二人の貴公子を埋葬したのかもしれない。


終わりに

私たちはついつい現代の色眼鏡で過去のことを解釈してしまいがちですが、センセーショナルな話題に飛びつく前に、きちんと事実を確認するべきなのかもしれません。事実にもとづかない過去の事柄が現代に都合の良いように解釈されることのないよう、人類学者として、正確な情報の提供に努めたいものです。


(執筆者: ぬかづき)


*1 Lugli F, Di Rocco G, Vazzana A, Genovese F, Pinetti D, Cilli E, Carile MC, Silvestrini S, Gabanini G, Arrighi S, Buti L, Bortolini E, Cipriani A, Figus C, Marciani G, Oxilia G, Romandini M, Sorrentino R, Sola M, Benazzi S. 2019. Enamel peptides reveal the sex of the Late Antique ‘Lovers of Modena.’ Sci Rep 9:13130.

*2 片山一道. 2015. 骨が語る日本人の歴史. 筑摩書房.


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