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道端で人骨をみつけた話【人類学者の日常】

自然人類学を学ぶ授業では,たいてい,レプリカでなく本物のヒト全身骨格を詳細に観察して,スケッチをする骨学の実習があります.自分と同じホモ・サピエンスの体のなかに,どのような形の骨があって,どんな働きをしているのか,こういう機会でもなければ,なかなか知ることができません*1.


道端に人骨が落ちている?

さて,今回のお話は,私がそうした骨学の実習を1週間ほどみっちりと受けていたときのこと.いろいろな形の骨をつぶさに観察して,いくつかをスケッチし,骨全般に見られる形の特徴がなんとなくわかってきました.

集中して学習した達成感と疲労感とともに,帰りの道を歩いていると,おや!道端に人骨が落ちているではないですか…!!かたち的に,あれは腓骨の遠位端 (くるぶしのところの骨) のように見えるけれど,ええっと,なにかの事件か!?

……と思って,よく見てみると,ただの木の枝です.

そうなのです,人骨をよ〜く観察して過ごしていたせいで,ちょうど骨と同じような形や色合いのモノを,人骨と見間違えてしまったのでした.その後も,日常生活のなかで,何か似ている形を見て,はっと人骨を連想して,「いやいやこれは違う」とすぐに自分で自分を訂正する状況が,しばらくのあいだつづきました.

図1. マレーシアのオランウータン調査地*2に落ちていた木の枝.疲れていたため,脛骨と見間違える.


図2. 脛骨のイラスト.上端のほうが,図1の木の枝の左端と,ほら,なんとなく似ていませんか…!?


おかきを食べる

さてこれはまた別なときのこと.遺跡から発掘された人骨を整理するために,土のかたまりのなかからヒトの歯を探しだす作業を手伝ったことがあります.2日間ほど,朝から晩まで,慎重に土を除いては,歯をとりあげていく作業をつづけました.

この作業が終わって数日後,おやつに,1センチくらいの大きさの白っぽいおかきを食べていました.お皿からつまみ上げてポリポリしていて,ふと皿に目をやると,……もうおわかりですね,そうです,そのときは,おかきが歯に見えてしまったのでした.

幸いにして,このように勉強のしすぎ?で見まちがえた「人骨」や「ヒトの歯」が,本物だったためしはありません.実は,同じような見まちがいは他の人もすることがあるようで,「あんそろぽろじすと」執筆者のJames氏とも,以前,これについて話したことがありました.


道端に人骨が落ちている!

しかし,実は,一度だけ,道端に落ちていた人骨が本物だったことがあります.

それはインドを旅行したときのことでした.ヒンドゥー教の聖地として有名なバラナシ*3は,ガンジス河に面する街で,河辺で火葬された人たちの骨や灰が,そのまま河に流されていきます.インドの各地から人びとが,巡礼のためや死を迎えるために,この街にやってきます.

図3. 夜明けのバラナシの,ガンジス河に面した「ガート」 (河岸に面した階段)

私はその街に滞在しながら,くねくねと入り組んだ狭い街路を通り抜ける鮮やかな葬列や,じりじりと照りつける太陽の下で,オレンジ色の透明な炎とともに灰に変わっていくヒトの体を見ながら,どこにも落ち着くことのない何かと何かのあいだで漂っているような,不思議な感覚を抱いていました.

図4. バラナシで開かれる「シヴァラトリ」の祭に集まった人びと

さて,そんな日々のある朝,ガンジス河の岸辺を散歩していると,道端に白いものが落ちています.おやっと思って近寄って見てみると,なんとヒトの仙骨 (骨盤の背中側にあって,お尻の「びていこつ」がくっついるところ) でした.なお,仙骨とわかったのは骨学の実習のおかげです.自然人類学の知識はこういうときにしっかり役立ちますね.

火葬しているとはいえ,燃料はたきぎですから,燃え残りもあるでしょうし,バラナシには野犬がたくさんおり,そうした犬たちが「骨付き肉」を失敬して道端に食べ散らかしていくこともあるでしょう.私がみつけた人骨は,おそらくそうした食べ残しのひとつだったのではないかと考えています…….

私が道端で人骨をみつけたのは,幸いにして,後にも先にもこのとき限りでありました.今後もないことを望みますが,さて……

(執筆者: ぬかづき)


*1 一般の方でもみっちり勉強できる骨学の実習が毎年開催されています.夏期に1週間ほど,新潟で開かれます.参加費は5千−1万円程度です.2016年のセミナーの案内が以下のサイトに掲載されていますので,興味のある方はぜひチェックしてみてください.申し込み締め切りは8月16日 (火) です.

第4回 新潟医療福祉大学・夏期骨学セミナー -日本人類学会


*2 このマレーシアのオランウータン調査地を運営する研究者たちが,研究継続のためのクラウドファンディングを実施中です.絶滅の危機に貧したオランウータンたちの生態をよりよく理解し,オランウータンが地球上からいなくなってしまうのをなんとか食い止めるのに役立つかと思います.もし興味がありましたら,ぜひ支援していただけますと幸いです.(参考 オランウータンの大冒険)

ボルネオ島での日本人による野生オランウータンの長期野外調査を継続したい!

(オランウータン・リサーチセンターからの許可を得て掲載しています)


*3 遠藤周作が,バラナシを重要な舞台に含む小説『深い河』を書いています.実際の街は,彼の記述以上に,生々しく色鮮やかですが,興味がありましたら読んでみてください.


シリーズ【人類学者の日常】は,なにげない日常や研究生活を,自然人類学者たちの目線から切り取ったエッセイです.ほかの記事も以下リンクからどうぞ.

人類学者の日常|あんそろぽろじすと


カバーイラストには以下の画像を改変して利用しました.おわかりですね,そのなめらかで機能的な形にファンの多い「大腿骨頭」です.

Upper extremity of right femur viewed from behind and above -Wikipedia

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