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昔のチーズの作り方

小学校の実習などで,チーズ作りを経験した人も多いのではないでしょうか.私が経験したのはバター作りだったのですが,もとは液体だった牛乳がだんだんもっさりしてきて,最後には固体が現れるのは,なんだか不思議なものです.

ところで,昔々のチーズはどのように作られていたのでしょう? 文字などでレシピが残っていれば,作り方を知ることができます.でも,そういう情報が残っているのはむしろレアケースです.

今回紹介するのは,遺跡に残っていたチーズの塊のタンパク質分析によって,当時のチーズの作り方を復元した研究です*1.(分解されやすいチーズの塊が遺跡に残るのもレアケースではありますが…)


中国青銅器時代の「チーズ」

中国新疆ウイグル自治区のXiaohe遺跡は,約4000–3500年前の青銅器時代の遺跡です.この遺跡からは,保存状態のよいミイラが多数発掘されています.いくつかの墓では,ミイラの頸や胸の上に,黄色い色の不定形の有機物の塊がみつかっていました.

Yang博士たちの研究チームは,この塊に対して,含まれるタンパク質を網羅的に解析するプロテオミクスの手法を適用して,その正体を調べました*1.

塊に含まれるていたのは,主に,牛の乳に含まれるタンパク質,ラクトバチルス属の微生物のタンパク質,酵母のタンパク質,カビの菌に由来するタンパク質でした.牛の乳に由来するタンパク質が大部分を占めていたことから,この塊は牛乳からつくられた何らかの「チーズ」であることがわかりました.

「チーズ」の作り方

牛乳由来タンパク質の存在量を比較したところ,この塊は生乳に比べて,固形成分に含まれるカゼインに富み,乳清に含まれるグロブリンやアルブミンが100分の1以下の濃度になっていました.

生乳を加熱したり,酸を加えて急激に凝固させて作ったチーズには,乳清のタンパク質も多く含まれる一方,発酵によるチーズ作りでは,チーズの固形部分に乳清のタンパク質があまり残らないという違いがあります.この「チーズ」に含まれる乳清のタンパク質は非常に少ないため,発酵によるチーズ作りがなされていたことがわかりました*2.

また,ラクトバチルスや酵母など,ケフィア (発酵させた乳飲料) を作るのに用いられる典型的な微生物由来のタンパク質もみつかったことから,この「チーズ」は特にケフィアチーズであることが示唆されました*3.

さらに,この「チーズ」には脂質がほとんど含まれていないことも,別な分析から明らかになりました.たとえばバター作りなどをした後のような,物理的に脂肪分を除去したスキムミルクから,ケフィアチーズが作られていたようです.


干からびたチーズからわかること

おうちの冷蔵庫の奥に干からびたチーズをみつけても,ゴミ箱に放り込む前に,ここで紹介したようなことにちょっと思いを馳せてみるのも楽しいかもしれませんね.


(執筆者: ぬかづき)


*1 Yang Y, Shevchenko A, Knaust A, Abuduresule I, Li W, Hu X, Wang C, Shevchenko A. 2014. Proteomics evidence for kefir dairy in Early Bronze Age China. J Archaeol Sci 45:178–186.


*2 発酵によるチーズ作りでほかにも有名なのは,レンネット (子牛の腸) を用いたものですが,この可能性は否定されています.レンネットには,キモシンという酵素が含まれ,これがκカゼインのペプチドの特異的な部分を切断することによって,乳が凝固をはじめます.プロテオミクス解析によって調べたところ,Xiaohe遺跡の「チーズ」では,この部位の切断割合が1%未満でした.一般的なレンネットチーズでは,切断割合は97%以上になるそうで,それと比べても圧倒的に低いことから,別な方法で発酵されたことがわかります.

また,進化的な観点からこのあたりのメカニズムを解説した良書が最近出版されています.

浦島匡, 並木美砂子, 福田健二. 2017. おっぱいの進化史. 技術評論社.


*3 この論文の著者たちは実際に伝統的な製法でケフィアを作り,そのタンパク質も解析しています.作ってみたケフィアチーズのタンパク質組成は,Xiaohe遺跡からみつかった「チーズ」とほとんど同じだったそうです.

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