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狩猟採集における「外食」

狩猟採集で暮らしているヒトの集団には,得た食物をキャンプに持ちかえって家族や集団全体でシェアするという特徴があります.ヒト以外の霊長類では,血のつながりのない個体のあいだでは食物のシェアがヒトほど頻繁にはおこらないことがわかっており,集団内での日常的な食物のシェアはヒトのユニークな特徴と考えられています (参考: 「同じ釜の飯」).

ヒトが食物を日常的にシェアするように進化した背景には,ヒトの食物の特殊化があります.コストのかかる大きな脳に栄養をきちんと供給できるよう,人類は進化の過程で,獣の肉や高カロリーなイモなど,獲得が難しいが一度にたくさん得られる食物を食べるようになったと言われています.集団のメンバーが分業していろいろな食物を専門にとってくるようにして,それをあとでシェアしたほうが,獲得効率も上がりますし,食べ残しや食べ損ないもなくなって,たしかに良さそうな気がします.

これまでの人類進化の研究では,食物のシェアという側面が大きく強調されてきました.しかし,かならずしもすべての食物がシェアされているわけではないということを報告した論文*1を,今回紹介します.


狩猟採集集団Hadzaの調査

Hadzaは,タンザニアに暮らす人びとで,現代でも主に狩猟採集によって暮らしを立てています (図1).基本的に,男性はキャンプから離れて狩猟をしてくることが多く,女性はキャンプのなかで作業をしたり,キャンプの近くに採集にでかけるような分業体制です.Berbesque博士やMarlowe博士の研究チームは長年Hadzaの人びとの暮らしを研究しており,今回紹介する論文の執筆者でもあります*1.

図1. Hadzaの人びとの狩猟の様子.(Returning from huntより引用 | hadzabe, tanzania | Andy Lederer | Flickr | CC-BY-NC-ND)


彼らは,キャンプから離れて狩猟に出る男性についていき,そうした狩猟の最中のHadzaの男性の行動を記録しました.合計118回の追跡を実施し,そのほとんどの105例 (93%) では,Hadzaの男性は仲間と一緒ではなく単独で狩猟に出ていました.狩猟に出てキャンプを離れていた時間の平均は6時間20分で,最短では30分,最長では12時間50分でした.


狩猟中の食事

Hadzaの男性が,狩猟に出ているあいだに獲得したものの,キャンプに持ち帰らずに食べてしまった食物をまとめたところ,そうした食物のエネルギーは平均で2405 ± 3637 kcalにのぼりました*2.狩猟採集のあいだに1000 kcal以上を摂取したケースは全体の55%あり,まったく摂取しなかったケースは全体の20%でした.

狩猟中に食べられる量と持ち帰られる量の割合を比べたところ,持ち帰られずに食べられてしまう食物の筆頭はベリー (99%) で,次にハチミツ (84%),そしてバオバブ (63%) でした.狩猟中に食べられてしまう割合は,小型動物の肉では55%だったのに対し,大型動物の肉では1%以下でした.カロリーで見ると,ハチミツと,それについで肉が,狩猟活動中のHadza男性のエネルギーに大きく貢献していました.


案外大きい男女差

Hadzaの男性の平均的な総エネルギー消費量は,2649 ± 395 kcalで*3,日によって大きなばらつきがあるものの,平均するとHadzaの男性はキャンプの外で約90%の必要エネルギーを摂取している計算になりました.

同じグループの以前の研究*4では,キャンプ内だけで計算すると,Hadzaでは男性より女性のほうが摂取カロリーが大きいという結果が出ていましたが,キャンプ外で男性がこれだけ食物を摂取しているなら,この以前の結果にもうなずけるものがあります.

また,Hadzaのキャンプ内では,それぞれの全摂取食物に占める肉の割合が男性の方で大きいという結果も出ていました*4.女性はキャンプ外ではほとんど肉を食べず,したがって男性がキャンプ外で狩猟活動中にこれほどたくさん肉を食べていたら,食物摂取割合の男女差はこれまでに考えられていたよりずっと大きいのかもしれません.


おわりに

考えてみれば,6時間も狩猟に出ていれば当然お腹も空きますね…….狩猟に出る男性一人ひとりについていってデータをとるのは,体力的に大変で,データ収集効率も悪いため,これまであまり研究例がなかったのだと思います.ほかの狩猟採集集団でもこうした研究が行なわれれば,食物の男女差がもっと詳細に明らかになるかもしれません.

(執筆者: ぬかづき)


*1 Berbesque JC, Wood BM, Crittenden AN, Mabulla A, Marlowe FW. 2016. Eat first, share later: Hadza hunter-gatherer men consume more while foraging than in central places. Evol Hum Behav 37:281–286.

*2 分布は正に長く尾を引き,中央値は910 kcalで,幅は0−22007 kcalだったそうです.また,ここで書かれている「±」は平均と1標準偏差の範囲を表します.(簡単に言うと,平均のまわりにどれだけ分布がかたまっているかの指標です).

*3 Pontzer H, Raichlen DA, Wood BM, Mabulla AZP, Racette SB, Marlowe FW. 2012. Hunter-gatherer energetics and human obesity. PLoS ONE 7:e40503.

*4 Berbesque JC, Marlowe FW, Crittenden AN. 2011. Sex differences in Hadza eating frequency by food type. Am J Hum Biol 23:339–345.


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