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論文の楽しみ方【人類学者の日常】

研究者ってなにか、と聞かれたら、どう答えるか?ある分野のことについてよく知っている人、大学の授業をする人、実験をする人、フィールドワークをする人?

研究者とは論文を書く人のことだ、というのをどこかで読んだ。「論文書かなきゃ昼寝してんのと一緒だから」とおっしゃった先生もいた。たぶんそうなのだろう、その定義はしっくり来る。論文を書く、これは大変な作業だ。

しかしその前段階として、書くためには先人達の書いたものを読んで学ばなければならない(「巨人の肩の上にたつ」のように)。この「論文を読む」という作業もまた、研究の中の大事な部分である。これはおそらくどの分野の研究者も行うことだろう(論文であったり、本であったり、形は色々だろうが)。


私は論文を読み下していくという作業がわりと好きだ。教科書を読むのとはまた違った面白さがある。今回は、2つの論文の楽しみ方を紹介する。この2つの他にもゴシップ的な楽しみ方(論文の筆者についてのあれこれなど)もあるけれど、私はこの2つが論文の楽しみ方の基本だと思っている。人によって違うと思うので、他にもあるよと言う人はぜひ教えてほしい。

この話をするのに、論文の構成を簡単に説明しよう(※1)。

論文の基本的な構成は、要旨(Abstract)・序論(Introduction)・材料と方法(Materials & Methods)・結果(Results)・議論(Discussion)である。そのままの意味であるが、もう少し説明を加えてみる。

要旨:論文の内容を短く表したもの。多くの人は論文の題名と要旨を読んで、その論文を読むべきかどうか判断する。

序論:その研究の背景、専門用語の説明、問題提起、今までにどのような研究がなされてきたか、それでもまだ分かっていないことは何か、などとという説明がある。その上でこの研究はまだ分かっていないこの内容に取り組む、という流れが一般的である。

材料と方法:研究に用いた材料と方法を詳しく述べる。材料は例えば、人骨、観測データ、ネット上のデータベースなど色々ある。もちろん方法も山程ある。

結果:図表と文章を用いて、得られた結果の説明がなされる。この図表というのは重要なポイントで、視覚的に訴えることが大切である。基本的には自分の主観を入れてはいけない。客観的に、データを記述することが求められる。

議論:得られた結果が学問上どういう意味を持ちうるのか、この研究の重要性、一方で欠点、今後の展望などが述べられる。

論文の文章は、だいたいこの順番で並べられている(※2)。具体的に想像しにくい人は、こんな論文を読んでみてほしい。なんとなくイメージが掴めるはず。

論文にも読解の難易度は色々ある。分野にもよるが、たいていの自然科学分野では基本的に論文は英語である。まず慣れるまでは読むのに時間がかかる。それに慣れると、論文を楽しめるスタート地点に立てる。


ひとつめの楽しみ方

まず1つめの楽しみ方は、最初はちんぷんかんぷんでよく分からない論文を、丁寧に読んでいくことで、内容がだんだんと分かるということ。

難しすぎて歯が立たない場合もあるけれど、程良い難易度で、最初は内容がよく分からない、のにだんだんと分かっていく論文が良い。どちらかというと推理小説を読むのに近いと、私はひそかに思っている。初めは、要旨をざっと読んでもよく飲み込めない。なんとなく分かる気もするけれど、腹の底から理解した気にはなれない。出てくる単語の意味が分からなかったりする。図が何を表しているのかも分からない。

私は全体像が掴めないと先に進めないタイプなので、まずは序論を読み込み、筆者が何を意図してこの研究を行ったのかを理解する。分からない単語は調べ、時には分からない所を飛ばして、ずんずん読んでいく。これはこういう意味なんじゃないのか?と見当をつけながら、その証拠になるものを探していく。

しばらく文章を辿っていくと、証拠が揃いはじめ、この単語が意味しているもの、何に着目しているのか、がだんだんと分かっていく。すると難しく見えた図も、いきなりぱっと意味が分かるようになる。なるほど、こんな簡単なことを意味していたのね。それからどんどん読んでいくと、するする分かっていく。こっちの図はこういう意味、なるほど、てな感じに。

そしてその論文を読み切り、理解し終えると、なかなかの満足感が得られる。1つの小説を読み終えたような、あるいは一汁三菜を作り終えたような充足感。そしてみんなにお薦め&披露したくなる。みてみて、この論文面白いでしょ、こういう意図があって、こんな事実が明らかになったのよって。論文の内容を、研究室のセミナーなどで紹介するのもまた楽しい。


ふたつめの楽しみ方

2つめの楽しみ方は、沢山読んだ論文の内容が頭の中で整理され、学問全体が見渡せるようになる工程である。

1つめの楽しみ方を繰り返して、同じ分野の論文をひたすら読む。すると、その分野の専門用語・考え方に慣れていき、論文を読むスピードが上がる。要旨と図表を見るだけで、「ああ、こういう内容なのね」と見当がつくようになる。そしたらしめたものだ。様々な論文が自分の頭の中でピースとしてはまっていく。この論文はこういうことを証明した研究、こっちの論文はそれとは違うアプローチをとっている論文。これが2つめの楽しみ方である。

例えて言うなら、ジグソーパズルに近い感覚。その論文が学問の世界のどこを埋めていくのかという、全体像が分かっていく。1つの論文を読むだけではできない、大人の楽しみ方である。そして研究というのは、自ら新しいピースを作って、学問という枠にそのピースを埋めていく作業でもある。


推理小説とジグソーパズル

論文がすらすら読めるようになると、推理小説の楽しみ方をするのは難しくなる。推理する前に内容が分かってしまうからだ。けれど、心配する必要はない。分野が違うと論文を読むのは途端に難しくなる。場合によっては、また推理小説の読み方をしないと歯が立たない。そしてその分野に慣れても、また次の分野がある。分野というのは学問の世界には無数にあるのだ…(恐ろしいほどに)


推理小説は、高校生だった時は割と好きで時々読んでいた。(と言ってもシャーロック・ホームズ、アガサ・クリスティ、というメジャーどころだけだけれど)。何がヒントになるか頭を使いながら、時にはらはらしながら、読み進んで行くのが楽しかった。

最近は全く推理小説を読まなくなったけれど、それは論文を日常的に読んでいるせいかもしれない、とこの記事を書きながらふと思った。そういえばジグソーパズルも久しくやっていないなぁ…

(執筆者:mona)


※1 ちなみにここでいう論文は、自然科学分野の学術論文(一連のまとまりのある研究を、1つの報告にまとめたもの)を意味している。それ以外の分野の論文は違う可能性もあるので注意して欲しい。

※2 変形パターンとして、「材料と方法」が論文の最後のセクションに来ることもよくある。

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