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ケン・ウィルバー著「アートマン・プロジェクト」について

ケン・ウィルバーの「アートマン・プロジェクト」の原書(ペーパーバック版)を手に入れた。
副題にはこうある。
「人間の成長・発達におけるトランスパーソナルな観点」

本書は、ケン・ウィルバーの初期の重要な著作であり、後のウィルバー思想の根幹を成すものでもあるだろう。
また、以後の著作では取り上げていない本書ならではの記述もある。それは、「チベットの死者の書」を下敷きとして描かれた「死んだ後の魂の構造的な動き」についてだ。この「動き」をウィルバーは「内化」(=進化の逆)と呼んでいる。

ここでは、原書の紹介も兼ね、「アートマン・プロジェクト」とは何かについて大まかに掴んでおこう。

■裏表紙の解説

裏表紙に、次のような解説文があった。

“The Atman Project” is widely hailed as the first psychology that succeeds in uniting East and West, conventional and contemplative, orthodox and mystical, into a single, coherent framework. This essential introduction to Ken Wilber’s ideas on the evolution of human consciousness features a new foreword linking this work to Wilber’s current thinking.

(拙訳:)
「アートマン・プロジェクト」は、東洋と西洋、型通りの思考と観照の知、正統派と神秘派を、ひとつの首尾一貫した枠組みの中に統合することに成功した初めての心理学書として広く知れ渡っている。本書は、人間の意識の進化に関するケン・ウィルバーの基本的な考えを取り上げた入門書である。この新装版では、本書の内容をウィルバーの最新思想へとつなげる序文が付されている。

続いて、本書に寄せられた賛辞が並ぶ(拙訳)。

「これは、西洋心理学の主流派と偉大な宗教的伝統の諸側面との輝かしい融合である。“アートマン・プロジェクト”は、心理学の歴史に打たれた重要な道しるべだ。」
スタニスラフ・グロフ博士—「ホロトロピック・マインド・アンド・スピリチュアル・エマージェンシー」の著者(クリスティーナ・グロフとの共著)

「いまだかつて誰も(ユングでさえ)ウィルバーほどに、西洋心理学を世界の伝統的叡智の強靭な洞察にまで展開してみせた人はいない。」
ヒューストン・スミス博士—「世界の宗教~ポストモダンの心理を超えて」の著者

「ウィルバーは、フロイトが心理学において成し遂げたことを、意識学において成そうとしている。」
ジーン・ヒューストン博士—「A Mythic Life, Manual for the Peacemaker, and Public Like a Frog」の著者

■本書はこんな人にお勧め

私が本書を紹介するなら、こうなるだろう。
もしあなたが、ケン・ウィルバーという稀代の思想家の全貌を、たった一冊の著書で知りたいと思うなら、本書がお勧めだ(もちろん訳書でかまわない)。
また、もしあなたが「人間とは何か」という高度な形而上学的疑問に対して、たった一冊の読書で答えを出したいのであれば、やはり本書がお勧めだ。
またもしあなたが、次のようなことを知りたいと思うなら、巷に溢れかえっているその手の本を100冊読むより、やはり真っ先に本書を読まれることをお勧めする。

○人間の心(意識、自己、自我、魂)とは何か
○人間の無意識とはどのような構造で、どのような働きをするのか
○人間にとって「死」とはどのような現象か
○輪廻転生とは何か
○「愛」とは何か
○人はなぜ心を病んだり、殺し合ったりするのか
○人はどのように、どこまで成長・発達(意識進化)するのか
○「悟り」「解脱」とは何か
○神とは何か

■「アートマン・プロジェクト」とは何か

そもそも、「アートマン」とは、ヒンドゥー教(インド哲学)の中心的概念で、意識の最も深い内側にある個の根源的原理を意味する。日本語では「真我」と訳されたりする。一方、宇宙の根本原理は「ブラフマン」と呼ばれ、アートマンとブラフマンは究極的には同一のものであるとされている。これを「梵我一如」と言う。
西洋の思想家であるウィルバーが、東洋思想の深層を表すこの言葉を本書の中心概念としてもってきているところからも、グロフやスミスらが言うように、東洋と西洋の知の潮流を共通の枠組みで統合しようとするウィルバーの試みは明らかだ。ウィルバーの著作はどれもそうだが、その試みは本書においても見事に成功している。

で、「アートマン・プロジェクト」とは何かって?
それを知りたいなら、本書の「はしがき」に書かれた次の一文をお読みいただきたい。

「発達とは進化であり、進化とは超越であり、超越の最終的なゴールはアートマン、ないし<唯神>における究極的統合意識にほかならない。あらゆる動因(ドライヴ)はその<動因>の部分集合であり、あらゆる突き上げはその<引き>の部分集合である―そしてその動き全体をわれわれは《アートマン・プロジェクト》と呼ぶ。神による神への、仏による仏への、ブラフマンによるブラフマンへの動因―。ただしそれは、まず人間の精神(サイキ)という媒介をとおして遂行され、エクスタシーから破局にわたるさまざまな結果を生む。
(中略)
もし人間が究極的にはアメーバから出発したものならば、人間はまた究極的には神への途上にあるわけだが、その間われわれはアートマン・プロジェクトなる驚くべき中宿(なかやど)の影響下に置かれている。そしてこの進化の全運動は、最後にただ<統一性(ユニティ)>のみが残るまでひたすら統一から統一へと継続し、アートマン・プロジェクトは最終的にまさに<アートマン>そのものの衝撃のうちに解消するのである」

これはまさに、「アートマン・プロジェクト」とは何かに関する最も短い要約である。ウィルバーは、本書のすべてをこの一文に込めている。だからもしあなたが、これを読んですべてを理解できるなら、本書を読む必要はないだろう。
同時に、この一文は、本書に続くウィルバーの全著作の中でも繰り返し奏でられている「メインテーマ」でもある。だからもしあなたが、これを読んですべてを理解できるなら、ウィルバーをいっさい読む必要はない。

「これじゃ、あまりに突き放し過ぎでは?」とあなたは思うかもしれない。
ならば、私なりにもう少し噛み砕いて、要点を箇条書きにしておこう。これは、本書を読み進めるうえでの「指標」ともなり得るだろうし、もっと言えば、他の著作も含めたウィルバー思想の全体像へのイントロダクションとしても成立するだろう。

〇アメーバから人間への生物学的な変容・変態を「進化」と呼ぶなら、意識・精神・心と呼ばれるものの成長・発達もまた「進化」である。
〇意識の進化は、同時に超越であり、超越の最終的なゴールはアートマンである。
〇生物学的進化と意識の進化は、その構造において同じである。つまり、あらゆる「全体」は、それより上位の「全体」の「部分集合」になっている。これを「ホロン構造」と呼ぶ。
〇意識進化におけるホロン構造とは、ゴールへ向かおうとする動き(動因)そのものの構造のことである。すなわち、上位構造へと「突き上げる」動きそのものが、究極的な統合意識へと引っ張っていく力となる。その動き全体を《アートマン・プロジェクト》と呼ぶ。
〇人間は、<唯神(神の御心のままであること)>において、究極的に統合的な意識へと向かっていく途上にある。その、神に至ろうとする、仏心に至ろうとする、ブラフマンに至ろうとする動因は、神そのもの、仏心そのもの、ブラフマンそのものによって遂行される(つまり、唯神、仏心、ブラフマンといったものは、誰にでも潜在的に備わっているものであり、それが発動することで、成長・発達あるいは意識進化が起きる)。その結果、至高のエクスタシーに到達する場合もあるし、まったく逆の破局(進化ないし上昇ではなく退行ないし下降)で終わる場合もある。
〇アートマン・プロジェクトとは、単に中間的な状態、いわば「中宿(なかやど)」あるいは「仮住まい」にすぎない。ただし、最終段階に至るまでは、すべての人がその動きの影響下に置かれている。すなわち、常により多くの(下位の)部分的統一からより少ない(上位の)部分的統一へ向けて動いていく。この進化の全運動は、最後にただひとつの<統一性(ユニティ)>(あらゆる分離が完全に解消されている状態=非二元)のみが残るまでひたすら続く。そのとき、アートマン・プロジェクトも消滅し、ただ<アートマン(=ブラフマン)>だけが残る。

では、素敵な読書体験を!

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