【創作】夏祭り
カラン、コロン。
履き慣れない下駄が鳴る。
カラン、コロン。
思うように動けない浴衣。
カラン、コロン。
いつもと違うテンポで進んでいく。
少しずつ日が暮れていく中で、セミはまだ鳴いている。
夕暮れでもまだまだ暑さは残り、じんわりと汗が出てくる。
ハンカチで汗を拭きつつ、軽く仰ぐ。
約束の時間にはまだ早い。
あたりは同じような格好をした人たちが、同じ方向に進んでいる。
私は鏡を取り出し覗き込む。
よかった。
まだメイクは崩れていない。
風が緩く私を通り抜ける。
前髪は崩れることもなさそうだ。
約束の時間より早く彼はやってきた。
どこかぎこちなく言葉を交わすと、彼は歩き出した。
いつもおしゃべりな彼の口調は、いつもより少し早い。
それでも彼の歩調はいつもより少しゆっくりだった。
辺りは段々暗くなり、提灯に灯が灯る。
出店が見えてくると、人が多くなってきた。
はぐれないようにお互い少し距離を近づけたけど、間を静かに風が通り抜けた。
色々なお店が立ち並び、賑やかな出店の中。
最初に目に入ったのは“ヨーヨー釣り“だった。
私の目線に気づいたのか、それとも同じ所に目に入ったのか。
彼は“ヨーヨー釣り“に誘ってきた。
お店のおじさんから“こより“を受け取ると、私たちはしゃがみ込んだ。
袖が水につかないように抑える。
私たちは目を合わせ、ニコリと笑った。
言葉はなくてもこれは勝負だと、お互いにわかっていた。
ポチャン
最初に針が落ちたのは、彼の方だった。
彼の方を見なくても、悔しそうに私の方を見ているのがわかる。
私はそれに見向きもせず、ヨーヨーを釣りあげた。
私はゆっくり彼の方を見てニコッと笑ってみせた。
結局、私も取れたのは一つだけ。
それでも私は得意げに彼の隣を歩く。
まだ悔しそうな彼は次に“射的“を指さした。
初めての“射的“に戸惑う私に、彼は丁寧に教えてくれた。
浴衣は動きにくく、うまく当たらない。
何も取れなかった私を軽く笑うと、彼は狙いを定めた。
小さな“くまのぬいぐるみ“を取った彼は、少し乱暴に私に差し出した。
どうやら私にくれるらしい。
ありがとう、と受け取るとギュッと抱きしめた。
もうすぐ花火が上がる。
かき氷を片手に、花火が見える場所に移動する。
人混みをはぐれないように、しっかり彼についていく。
少し開けた所に着くと、適当な所に腰を下ろした。
少し溶けかけた“かき氷“を食べる。
出店のガリガリのかき氷。
キーンと頭が痛む。
横を見ると彼も同じように頭を押さえていた。
さっきまでの喧騒から少し外れたここは、落ち着いた時間が流れる。
私たちの間にも静かな時間が流れた。
こんなに会話が途切れることが今まであっただろうか。
風がふわりと通り抜ける。
彼は今、何を考えているのだろうか。
着慣れない浴衣に、歩き慣れない下駄。
いつもと違うメイクに、いつもと違う髪型。
彼はどう思ったのだろうか。
彼に誘われて、舞い上がったのは私だ。
何も言えなくて、足元を見つめる。
ドン、ドン
花火が上がり始めた。
暗い空に花が咲く。
きれい。
さっきまでの気持ちはどこへ行ったのか。
私は花火に見惚れる。
ふと、彼に名前を呼ばれた気がした。
花火から目線を下ろし、彼の方を見る。
「・・・・」
大きな音をたて、花火は夜空に咲き誇る。
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