なぜ日本にはEVユニコーンスタートアップが存在しないのか?〜国内EV事例が嵌った量産化時の落とし穴
みなさん、お久しぶりです。ANRIでインターンしている@nashi_budo_です。
米中ではTeslaを筆頭に数兆円規模の電気自動車(EV)スタートアップが次々とエグジットを果たしている中、国内EVスタートアップユニコーンスタートアップは存在しないのでしょうか?
今回のnoteでは、国内EVスタートアップ事例を調べ、EVスタートアップの典型的な失敗理由についてお話します。
1. 盛り上がる国外EVスタートアップ、対照的な国内
米中ではEVスタートアップがエグジットを果たし、時価総額も数兆円規模
2007年に上場し、2022年現在時価総額ランキング6位を誇るEVメーカーのTeslaに続き、昨年2021年にはRivian Automotiveが凡そ9.7兆円でNasdaqに上場し、USの自動車最大手ゼネラル・モーターズ(GM)に肩を並べました。
RivianのForm S-1(日本で言う有価証券届出書)を覗いてみると、売り上げ 0、営業利益 −(マイナス)990億円で赤字上場していることが分かりました。EVに対する市場の期待と盛り上がりが追い風になり、Rivianの大型上場に繋がったのではないでしょうか。
国外のEV市場は明らかに盛り上がっており、創業10年代のEVスタートアップの企業価値は数兆円規模をつける中、2000年代後半に国内で誕生した数多くのEV・小型EVスタートアップは現在ではほとんどが消滅してしまっているという目を伏せたくなるような事実があります。
2. なぜ国内EVスタートアップは次々と倒産したのか?
2000年代後半からEV関連の政策は実行されていた
実は、2000年代後半から国内でもEVを盛り上げようとする動きはトップダウンの政策としても取られていました。経済産業省は、2010年4月に「次世代自動車戦略2010」を策定し、EV・プラグインハイブリッド自動車(PHV)の普及を進めていくことを宣言していました。EVの航続距離が限られ、普及台数が限られる「市場準備期」にあっては、自治体と地域企業が連携して、次世代自動車の導入や充電インフラの整備、普及啓発にチャレンジし、次世代自動車普及モデルとなる地域を選定する「EV・PHVタウン構想」にも挑戦していました。また、2010年から国土交通省は「超小型モビリティ」の導入を支援する補助制度を作り、普及を目指した取組みを行なっていました。
3. 国内EVスタートアップの失敗事例3社
失敗原因は製品化/量産化段階での資金ショート
具体的な失敗/倒産事例を調べていく前に、失敗原因の結論をまとめておきたいと思います。
結論から言うと、基本的に全社事業停止をしている原因は量産化段階での資金ショートです。興味深かったポイントとしては、全社ともプロトタイプを作り終え、市場ニーズも満たしていた(ように見えていた)ことです。
全社とも量産化フェーズで事業が頓挫していますが、それぞれ少しずつ理由は違います。
今回事例として挙げるのは、rimono、simdrive、ゼロスポーツの3社です。
rimono:「超小型モビリティの認定制度」の壁が想定より高く、その後の事業計画に支障を来たし、資金調達失敗
経済産業省出身の伊藤慎介氏が代表を務めたrimonoは、トヨタ自動車出身の根津孝太氏とともに2010年設立された超小型EVスタートアップです。 時速45km以下でゆっくり走る、2人乗りの超小型EVのプロトタイプを2016年に開発しました。開発した製品の発表後には購入についての多くの問い合わせが来ており、ニーズを確認できていたそうです。しかし、公道を自由に走ることができないといった法制度の壁に阻まれ、活用範囲が観光地などのごく一部のエリアに限定されてしまいため、販売台数は見込めず、事業としての収益化が期待できない事態に陥りました。製品化のための開発資金を調達すべくベンチャーキャピタルなどにアプローチしましたが、当時の事業計画では資金調達できず、2018年6月に開発を休止しました。
simdrive:プロトタイプ開発後、商品化・量産化するために必要な信頼性、耐久性、安全性を証明できるだけの資金調達失敗
simdriveは、30年以上EVの開発を続けてきた慶応大学名誉教授の清水浩氏が2009年に設立したEVスタートアップです。当時、ベネッセコーポレーション会長兼CEO(最高経営責任者)だった福武總一郎氏やガリバーインターナショナル(現IDOM)などから出資を募り設立しました。EVという環境性能の高さもあり、テレビや新聞などの各種メディアで次世代自動車として取り上げられ、市販化への道筋を取りざたされていたそうです。プロトタイプは作り終えていたものの、信頼性、耐久性、安全性を証明するのに必要な資金を調達できずに、2017年6月、1台のEVも量産することなく会社を清算しました。
清水氏は後に当時の資金調達を振り返り、インタビューに下のように答えています。
ゼロスポーツ :郵便事業会社から受注していた1030台の納品が間に合わず契約解除違約金が発生し破産
ゼロスポーツは、東京理科大学大学院修了後、1994年に中島徳至氏が当時27歳で創業したEVスタートアップ。自動車パーツの開発、販売を手掛けていましたが、1998年からEVプロジェクトを立ち上げ、2009年7月には郵便事業会社にEVの実証実験車両を3台納入し、その実証実験が高く評価されました。三菱自動車と富士重工業などの大手の競合を押しのける形で、日本郵政グループの郵便事業会社との大量契約を獲得しました。2010年8月、日本郵便から集配用EVとして1030台約35億円の受注をし、契約では2011年1月に20台、2月末に10台の計30台を納入し、その後、2011年度末までに残りの1000台を納品する予定でした。しかし、2011年1月の最初の納期に車両が間に合わず、日本郵便から契約解除の通知および契約金の2割である約7億円が違約金として発生し、2011年3月自己破産を申請しました。納入遅れは、郵便事業会社側からの仕様変更要請に応じたのが要因とゼロスポーツは説明しており、「金融機関などから多額の資金を調達し開発してきたが、契約解除後に融資資金の返済を迫られ、急激に資金繰りが悪化した」と破産申告の理由を話ます。一方、日本郵便はこの期間、業績悪化が深刻なことが明らかになり、多方面でのリストラも検討されていたことが背景にもあるとみられています。
単独の事業会社または投資家に頼りすぎたために失敗したケースはEV領域だけでなく、他のハードウェアスタートアップ領域でも存在し、それについて以前noteにまとめたので、ご興味があれば以下も併せてご覧ください。
3社とも製品化/量産化フェーズでの資金繰りがうまくいかずに事業停止に追い込ま
れたことが分かりました。経産省によると、量産化フェーズはものづくりをするスタートアップがつまづきやすく、「第二の死の谷」と呼ばれるそうです。
4. 生き延びた国内EVスタートアップの戦略とは?
3章では国内EVスタートアップの失敗事例についてお話しましたが、本章では現在でもEV開発を続けられている国内EVスタートアップを深掘り、勝敗を分けた戦略についてお話します。
具体的な企業分析に移る前に、結論として、量産化段階での資金ショートを回避する方法を挙げます。
今回生き延びた国内EVスタートアップ事例として挙げるのは、ASF(旧FOMM)、アスパークの2社です。
ASF:海外展開後、工程数を減らした小規模生産工場建設し量産化に成功。プロ経営者を迎え入れ、複数大企業から資金調達。ファブレス方式での商用EVの開発を手掛ける
まず、ASFの前身の2013年創業のFOMMについてお話します。
FOMMは、トヨタ車体でパーソナルEV「COMS(コムス)」の開発を手掛けた鶴巻日出夫氏が2011年に発生した震災による水害をきっかけに開発をスタートさせたもの2013年創業したEVスタートアップ。当時の日本ではFOMMのEVに認可が下りなかったために、FOMMは海外事業に注力することになりました。乗用車の普及期に入っているタイ市場で普及させるべく、年間1万台の生産能力がある小型EV車の量産に適した小規模生産工場を建設し、小規模生産技術をパッケージ化し、今後特に自動車産業のないアフリカや中南米などに展開することを目指していました。FOMMのEVに興味を持ったヤマダ電気の当時EV部門を担当していた飯塚裕恭氏(現ASFの社長)が2017年に社外取になり、佐川急便などにFOMMを繋ぐこともしていました。FOMM時代からEVに興味があった佐川急便の要望に答えるべく、飯塚氏(当時ヤマダ電機副社長)はヤマダ電機を退職し、2020年6月にASFを立ち上げて自分でEVの企画、製造に着手しました。そして、ファブレス方式での商用EVの開発を手掛けるスタートアップに舵を切りました。SBIインベストメント株式会社 / 双日株式会社 / 株式会社環境エネルギー投資 / コスモ石油マーケティング株式会社などから資金調達を受け、24年の上場を予定しています。2020年12月に双日と資本業務提携を締結することで、双日が再生可能エネルギー由来の電力供給やEV充電インフラの整備、EVサービスの提供を進め、ASFのビジネスの発展をサポートしていく方針だそうです。
ファブレス化については飯塚氏は以下のように話します。
「従来の自動車業界の感覚で言えば、ファブレス生産はあり得ない選択肢だろう。しかしEVがいよいよ新たなステージに向かっているなかで、オーナーカーではなく商用車をターゲットとするならば、ファブレスメーカーにも商機があるかもしれない。」
上のコメントから分かるように最初のターゲット選定時に商用にするか、個人用にするか次第で量産化時にファブレス化が可能かどうか決まるのかもしれません。
アスパーク:1車4億円の高級路線に舵切り、量産車と棲み分け図る
2014年創業の世界最速のEVハイパーカー「OWL」を開発販売するEVメーカー。最初から「世界最速」を目指していたのではなく、車体デザインから入り、ターゲットを設定する上で速度がKPIとして選ばれ高級路線へ舵を取ったそうです。
今後の目標はまず最初の50台を売り切ること、その後も別の車を開発し、EV事業は継続する予定です。ただし、量販車に進出するつもりはなく、OWLよりも少し価格は下がるかもしれないが、新しいアピールポイントを持つEVを世に出していきたい、と話しています。
5. TeslaやRivianを目指すべきなのか?
4章までは国内事例を見てきましたが、国内外に関わらず量産化は非常に難しいことは、イーロン・マスク氏のRivianに対する厳しい言葉にも現れています。「テスラは過去100年間で大量生産とプラスのキャッシュフローを達成した唯一の米自動車メーカーだ」と釘を指しています。
Rivianが上場した2021年には生産台数は0台なのにも関わらず、Teslaより高い企業価値がつきました。
さらに、Rivian R1Tの生産率は1日あたり1台強で失速しており、量産化が成功するのか心配する声も上がっています。
6. 量産化に成功している国内ハードテックスタートアップから学ぶ
ここまでで量産化はとにかく難しいと言う話をしてきましたが、EV以外の領域に目を向けると量産化に成功している国内企業は存在します。
今年2022年6月にマイクロ波化学が上場しました。2014年には世界初となるマイクロ波を使った量産化自社工場を立ち上げました。
東京大学の授業で行った講演動画では、「第二の死の谷」を経験しどのようにして乗り越えたかについて語っています。
量産化フェーズではVCのみから必要資金全額を調達することは難しいと言います。そのため、銀行からの借入・公的資金・提携先に肩代わりしてもらうなど、複数の資金調達手段を駆使するべきだと学んだそうです。
*VCは基本的に革新的な技術などリスクが高い事業や技術に投資をする機関です。量産化のための工場は付帯設備などが多く、イノベーティブな部分はごくわずかでVCマネーとは相性が良くありません。例えば、マイクロ波化学の量産化工場で革新的な技術を担う設備は下の図のマイクロ波反応設備のみで、その他の付帯設備に資金の95%が必要だったそうです。
また、プリンテッド・エレクトロニクス分野のスタートアップであるエレファンテックは、2019年ICT材料新事業の創出を目指す三井化学と戦略的提携を締結しました。
この提携で三井化学はエレファンテックに対し出資を行うと共に、三井化学名古屋工場内の建屋及び工場インフラをエレファンテックに提供しました。
「世界で初めてのインクジェット印刷による電子回路の大型量産の実現、セイコーエプソン株式会社によるインクジェット技術の提供、三井化学株式会社による場所と量産ノウハウの供与により、スタートアップの「量産の壁」を大企業の力を活用して突破することを目指す」とプレスリリースで宣言しています。
7. まとめ
今回は国内EVスタートアップ事例についてまとめ、失敗しやすいポイントについてお話しました。今まで書いたnoteを振り返ると、失敗事例を取り上げることが多かった(「ディープテックスタートアップの失敗が教えてくれること」・「ハードウェアスタートアップの命運を分ける資金調達の落とし穴」)ように思います。これは成功事例は奇跡の掛け算である可能性が高い一方、失敗には再現性/パターンがあると考えているからです。現在進行形で事業に取り組まれている起業家・研究者の皆様が落とし穴を回避できるようにサポートを続けていきたいです。
ディープテックスタートアップは成功するまでとにかく時間もお金もかかり、疲弊することも多いとは思いますが、そんな中でも一緒に圧倒的な未来に向けて併走できたら嬉しいです。
8. 自動運転車開発のTURING社、シードラウンドで10億円の大型資金調達を実施
先日ANRIは自動運転EVを開発・販売するTURING社にリードインベスターとして投資をさせていただきました。量産化に成功している国内外ハードテックスタートアップの後を続く存在になることをANRI一同願っております。
【参考文献】
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