米国を代表するVC ARCHに学ぶ研究開発型スタートアップへの投資哲学とイノベーション戦略とは?

こんにちは、ANRI 宮崎です。
ANRIにて主にディープテックへの出資を担当しております。

 宮崎 勇典
ANRIベンチャーキャピタリスト プリンシパル
東京大学薬学部薬学科卒業、米国スタンフォード大学にて生命科学分野のPh.D.取得。株式会社ニコンのアメリカ法人にて新規事業開発、ボストンコンサルティンググループ(BCG)で主にヘルスケアや新規事業のプロジェクトに従事後、2018年にANRIに参画。
主な投資先は、Strand Therapeutics、Knowledge Palette、xFOREST Therapeutics等。

ディープテック投資が進んでいる欧米ではどういうことが行われているかどういうキャリアの人材が流れているか等、大学院生らとまとめたものを、少しずつ紹介していきたいと思っています。

最近の記事でModernaについて触れましたが、今回は米国の技術関係のVCとして他と一線を画すARCH Ventures Partnersについてです。ディープテックの投資家の代表格の一つであり、様々な記事に取り上げられていますが、簡単にご紹介します。お付き合いください。

バイオ・ヘルスケア領域での輝かしいエグジット実績

ARCH Ventures Partnersは、1980年代後半でスタートアップ投資を開始して以来、100件近いExitを達成しています。あらゆる産業の技術に投資していますが、バイオ・ヘルスケア関連企業の実績が突出しており、米国を代表するVCです。次世代シーケンサーのIlluminaを始めとして、遺伝子治療のBluebird Bio、RNAiのAlynylam Pharmaceuticals、神経変性疾患のDenali Therapeutics、CAR-T細胞医薬のJuno Therapeutics、CRISPRのゲノム編集のBeam Therapeuticsと多くの先端バイオテックに投資をしてきた堂々の実績を持っています。

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(出典:ARCH's Portfolio

シカゴ大アルムナイネットワークをフル活用したチーム編成

現在はCo-FounderでもあるBob NelsenKeith Crandell(EmeritusのClinton Bybee)に加えて、Kristina BurowSteve GillisPaur BernsのManaging Directorの体制になっています。出自からシカゴ大学との繋がりも深いために、MD以外のパートナー以下のメンバーでもシカゴ大学MBAのメンバーが非常に多いチームになっています。これまで(きっと、これからも)、シカゴ大学のビジネススクールや他の学部の大学院生にリサーチ等のインターン・アナリストとして雇用していくのであろうと考えているので、ARCHに接点が欲しい方は是非University of Chicagoに入ることをおすすめします。既にいらっしゃる方はARCHの門を叩いてみたり、彼らが実施する講義とかを是非受講ください。(VCに興味ある方は、是非、メンバーの経歴もHP上で見てみてください。)

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(出典:ARCH's Team

始まりはシカゴ大学の関連機関

1986年にARCHの母体は、University of ChicagoArgonne(国立研究機関)の技術・知財の社会実装の為に設立されました。知財を特許化したり、ライセンス付与したりするだけではなく、Argonne-Chicago (ARCH) Development Corporationは科学技術のイノベーションを基にスピンアウト企業を設立を目指して作られた機関です。当初はシカゴ大学に所属する非営利団体であり、CEOであるSteven Lazarusがシカゴ大学ビジネススクールの大学院生を複数人採用して開始しました。現在の中核であるBob Nelsen、Keith Crandell、そして、1-2年後にClinton Bybeeが加わって、シカゴのHyde Parkの57th streetにあったビジネススクールの住所から、"the 57th Street Irregulars"と後に呼ばれたチームが作られました。

レイズに苦労した9M$の1号ファンド

ファンドとしては、1988年に$4MをState Farmから、$5Mをシカゴ大学らから集めて総額$9MでARCHの1号ファンドを開始しています。苦労してレイズした1号ファンドは12社に投資をして、4社がIPOして、4社が買収されました。(初期の成功ケースの一つは、現在のバイオの多さとは異なり、Everyday LearningというK-12のMath関連企業です。)投資家達にも十分なリターンを返すことによって、ようやくARCHというチームがベンチャーキャピタルとして世間から認識されるようになりました。そして、1992年に、シカゴ大学からも大学がオーナーシップを持つ関係を解消する提案もあり、独立して拡大しました。

全ステージでフォローオン可能な1.9B$の11号ファンドまで成長

VCとしてスピンアウトして現在のARCH Venture Partnersとなり、初期メンバー達がジェネラルパートナーとなりました。Keith Crandellはコロンビア大学近くオフィスを立ち上げ、Clint BybeeはニューメキシコのSandia/Los Alamosの研究所近くに、そして、Bob Nelsenはワシントン大学近郊の地元のシアトルに拠点を移しました。シカゴ大学から独立した直後の2号ファンドは非常に成功しました22社に投資をしましたが、その内6社は、1号ファンドのフォローオン投資を実施することによって、シード投資のリスクを軽減して投資回収期間も短縮することができています。シカゴ大学だけに留まらず全米各地に領域を拡げたこの時期に、ARCHの存在が他の大学達にも認識されることになり、様々な大学・研究機関を飛び回り、またそれぞれの地域のVCやTLO等と連携を深めていきました。3号・4号ファンドはファンドサイズを更に拡大しましたが(40%近くのoversubscribed)、それぞれ25社に投資をしてシード・アーリー投資のアプローチは変えていません。しかし、これまではVenrockのような大型VCに後続ラウンドを任せていた状況から、ARCH自身も後続ラウンドで大きく投資できる方針に変え、Exit時にも20%のシェアを持てるように設計もしてきました。以後、ARCHは、当初からのアーリーステージの投資スタイルを基礎としながらも、あらゆるステージでもフォローオン投資し続けれるVCファンドを拡大して立ち上げ続けています。下記の基盤ファンドのファンドサイズ推移(他にもグロースファンド等が存在する)からも明らかです。

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(出典:Chicago-Based ARCH Venture Partners Targets $600M For Tenth Deep Tech Fund

2021年に新しい11号ファンドを設立した今、投資哲学と戦略は?

ARCHは2021年に〜1.9B$のファンドを設立を発表しました。

1. ARCHは1.85B$の大型の最新11号ファンドにおいても、サイエンスとインパクトへのこだわりを変えずにシード・アーリーに投資を続ける

ファンドサイズが大きくなっているが元来のシード・アーリー投資の方針は変えず、小さい額から大きい額まで投資していくのを表明しています。過去のトラックレコードから1.85B$の巨大ファンドとなりましたが、シードアーリーステージという自分たちのルーツを維持するつもりだそうです。VCによっては、ファンドサイズの巨大化と共に強みを失っているところにあるのは認識した上で、ARCHはGrowth Equityとかにならないと強く述べています。投資についても、50K$ - 200M$とスタートアップがインパクトを生み出すのに必要な額を投資する方針です。(事業次第でスケールが必要な時に100M$-200M$という資金が必要になる為に、その際は大型ファイナンスにを計画。)1M$の投資でインパクトできるなら良いし、100M$でインパクト生み出すのでもよくて、実際に9号ファンド10号ファンドでは、小さい投資と大きい投資でリターンを出して実績から今回の11号ファンドレイズに繋がっています。

2. 投資時にはお金のことを考えるのではなくて、サイエンスの要求基準を常に高く維持すること・臨床的インパクトを大事にしていく姿勢は貫く

お金のことだけを考えるのではなくて、臨床的インパクトを目指していくことは変わらず、"最も大事なのは"Scientific Bar"を高くすることだと明言しています。サイエンスドリブンで長期目線の会社を重要視しており、疾患を治す等のアウトプットがないようなIncrementalなものにはARCHとしては興味を持っていません"Putting money to work"や"news flow"のような言葉はARCHで禁句であり、市場が盛り上がっている時は違いが認識しづらいかもしれませんが、"Transactional"なディールについても興味がないと強く述べています。大型の資金調達ニュースが世の中を賑やかしていますが、良い投資のシンジケーションは必要最小限のお金でやっていると思っているそうです。

"not think about money when we invest", "not thinking about money is the way to make most money"

そして、結果として、近年のサイエンスの進捗や臨床/市場のニーズから、11の注力領域を掲げています。これらの領域でどのようなものが出てくるのか、非常に楽しみです。

"ARCH will invest Fund XI in early stage biotechnology companies working on infectious disease, mental health, immunology, oncology, neurology, manufacturing, clinical trials, anti-aging medicines, genomic and biological tools, data sciences, and ways of reimagining diagnostics and therapies."

3. イノベーションの形の一つとして、大きなスタートアップが更なるイノベーションを担う形を採用している

米国内でスタートアップ・イノベーションの創出方法として、よく行われているインキュベートしてベンチャー投資するモデルから、先日のANRIの記事で紹介した自社内で開発するFlagship Pioneersのモデルなども存在しています。ARCHは活発なバイオテックの創出が行われている現在のエコシステムの中で、優秀な人材が一番希少かつ最も重要な資産だと認識しています。要するに、良いマネージャー・良いCompany Builder・良い研究者を揃えることが一番大変になっている現状があり、間違った人材を採用・登用してしまうのが最も大きなリスクの一つです。初年度でチーム・組織を作るのが本当に大変であり、大事なことであると強く認識しています。加えて、米国の技術スタートアップの環境として、大学院生が新しい論文を出す度に新しい会社を作るような状況下になっていますが、"そのような新しい会社を1000作ることが部分最適になっていないか"、"世の中にとってより最適な方法があるのではないか"と考えてきたそうです。("you really have to figure out the way to not build")

上述のようにいくつかのイノベーションを生み出すVC関与の形がありますが、現状を踏まえて、ARCHは大型のバイオテック・ドリームチームの中においての技術インキュベーションを試行・実践しています。つまりは、”Incubate in Incubate”という発想で、既にある会社内でインキュベートするのが一番良いという仮説に挑戦しています

例えば、Sana Biotechnologyの中には SANA "X"、RESILIENCEの中には Resilience "X"のように、新規プロジェクトを立ち上げる仕組みを作っています。実際にモデルとしたのは、Editas Therapeutics内で行われたプロジェクトをPrime Medicineとしてスピンアウトです。素晴らしいCompany Builderやチームにはなかなか巡り会えないので、見つけたときには彼らに複数プロジェクトしてもらうということが Division "X"の基本的な考え方だそうです良い経営チームが "Great Early Stage Risk Reducer"であり、高いリスクを取る事ができて、最も効率的なCompany Buildingだと考えています

もちろん、このイノベーションのモデルで実際に次世代のアントレプレナーが育つかはやってみないとわからないというのは認識しています。たしかに結果は分かりませんが、過去の例ではAgiosという会社は、創業者に魅せられて集まった優秀な人材の集積地となりました。その内の一人が若かりし頃のJohn Evansであり、彼はそこでの経験や学びから今やARCH・バイオテック業界にとっての重要なメンバーの一人になっています。アントレプレナーになるということは、素晴らしいレジュメだけでは不十分です。若い世代のアントレプレナーはアントレプレナーになる方法をどこかで学ぶ必要がありますが、ARCHが志向している"incubate in incubate"モデルはイノベーションを生み出す一つの解かもしれないですね。

今回は代表的な技術系を対象とするVCの一つであるARCHがどのようなことを考えてきたか、を簡単にご紹介させて頂きました。今後もメンバー皆でご紹介していきたいと思います。

ベンチャーキャピタルANRIは、「未来を創ろう、圧倒的な未来を」というビジョンのもと、インターネット領域をはじめ、ディープテックやライフサイエンスなど幅広いテクノロジー領域の大学発スタートアップにシード期から投資を行っております。
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【参考文献】





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