「自分に関係ないことはない」というのが「知りたがり」のモチベーション
これは事あるごとに何回も繰り返す話で恐縮なのですが...
最近、
「報連相(ほうれんそう 報告・連絡・相談)」
って僕はほとんど聞かなくなった気がしますがどうでしょう❓
私見ですが、これって実は相当ハードルが高い、
「言うは易し、行うは難し」
の典型なのだと思います。
たとえば新入社員・新人さんに対して、
「わからないことあったら何でも質問してね❢」
と先輩らしく親切にしてあげたとしても、実際きちんと質問に対応出来ている自信はありますか❓
「なんでそんな事質問するの❓」
「何度説明したらわかるんだ!?」
あとこれは質問に対する返答ではないのですが、引き継ぎ時の申し送りなどに対して、
「そんなこと知ってるよ❗」
という返し(これは最悪のパワハラレベルだと思います)。
よって「報連相」なんて全く機能せずいわば
「有名無実化」
してしまっており、デジタル化進展などが加わり人間同士のコミュニケーションが益々希薄化する今後はそれにさらなる拍車がかかると思います。
と、ここまで言ってしまうと
「お先真っ暗」的帰結になってしまいそうなのですが、逆に言えばそういったところに活路を見出す、あるいはより「人間的」に対応することで
「オンリーワンに近いオリジナリティ」
を持つことが出来るのです。
よく見聞きする話で
「現在の1日で得る情報量は
○○年前の☓☓日分(あるいは「☓☓年分」)もの量だ❗」
なんてたとえがありますがどうでしょう❓
ある程度歴史を紐解けば想像できますが、昔の人(特に賢人)は、今の私達には全く気が付かない大切なことをキャッチしていたのではと思いませんか❓
現在が戦争紛争が一切起きない、また天変地異に見舞われても行政を中心とする的確な対応で被害を出来るだけ最小限に食い止められているのならば先のたとえも有意かもしれませんが、実際は逆です👎
ここで冒頭のタイトルに話題を変えます。
僕は自分の取り柄の一つが
「好奇心旺盛」
なのですが、つい最近まではそのことだけで満足している感じてした。
要は、
「好奇心旺盛こそ万歳🙌」
みたいな💦
それがこのところは一歩前に進み、
「より良く、そしてより多く知っていられれば、そのことにより心穏やかでいられる」
そして
「僕がその状態(心穏やか)でより良き情報をより多く発信していければ、少しは社会に貢献できるのではないか❓」
と確信し始めた次第です。
ですから「報連相」は怠りません❗
そのうえで、相手にも「報連相」しやすい環境を用意します❗
『「自分に関係ないことはない」というのが「知りたがり」のモチベーション』
このマインドが僕のベースです💪
心身穏やかでいられる限りにおいて追求します❗
というか、このマインドこそが僕の「心身穏やか」をもたらしているのですがネ゙。
たまにですが
「スポーツ・マラソンオタクネタ」
以外もアップさせてもらいます❗
最後までお読みいただけたなら嬉しい限り
&感謝ですm(_ _)m
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