ストーリーで学ぶ交通事故案件処理マニュアル③

第3話 相談方針決定①


(ガチャ・・・)

江頭「(小声で)おはようございます・・・」
伊田・川口・福島「(大声で)おはようございます!」
江頭「あっ・・・えっ・・・」

 伊田が江頭の目の前に立ちはだかる。

江頭「すっすっすみません!遅くなりました・・・」
伊田「別に何も言ってないけど,なんで謝るんだい?出勤が遅くなったことに何か後ろめたいことでも?」
江頭「あっ,いえ,その・・・」
川口「ははは・・・墓穴掘ったな。どうせ,昨日,ハロウィンパーティーにでも行ってたんだろ?」
江頭「はい・・・朝方までクラブで飲んでました。」
伊田「スナックやらクラブやら・・・」
川口「私は,ちゃんと朝来てますから!」
伊田「やっぱり,スナックで酔い潰れてたんだろ?」
川口「うっ・・・」
江頭「墓穴掘りましたね。川口先生も私のこと強くは責められないですね。ハハハ・・・」
福島「どの口が言ってんだか。」

川口「まぁ,いい。そんなことより,江頭くん,新しい相談が今日の昼から入ったから。福島さんから概要聞いて,相談方針立ててみて。交通事故案件だ。」
江頭「はい,わかりました。福島さん,どんな事案ですか?」
福島「その前に,相談に入るんだから寝ぐせ直してください!」
江頭「・・・」
福島「うちの弁護士は・・・ほんとに・・・」
伊田「ねぇ~」

(トイレで寝ぐせを直した後・・・)

江頭「寝ぐせ直しました!いい男になったでしょ?」
福島「・・・今回の相談内容ですが・・・」
江頭「無視っすか・・・」
福島「加藤さんという女性の方からの相談です。聴き取りシートに概要は書いているので,そちらを読んでいただければ大丈夫かと思います。何か追加で気になる点などありましたら,聞いてください。」
江頭「了解です。」

 江頭は,福島からもらった聴き取りシートを熟読した。

(江頭「加藤京子さん,33歳。美人かな・・・。11月10日の事故か・・・相手方の一括対応はありで,ケガはむち打ちか。しばらく,通院だな。事故は,交差点で右折車と直進車の事故。過失は問題になるな。物損未解決か。車の所有者は旦那さん・・・結婚してるのか。旦那さんからも依頼を受けないといけないな。弁特は問題なく使えそうだな。弁特社は損保アメリカか,LAC基準だな。相手方は,大阪海上か。なるほど。」)

江頭「川口先生,概要は把握できました!相談方針作ります。」
川口「よろしく頼むよ。」
江頭「はい。」

 パソコンに向かう江頭。
(カチカチカチカチ・・・)
 5分後・・・

江頭「相談方針できました!」
川口「早いな!(大丈夫か・・・?)まぁ,見せてみて。」
江頭「はい!」

【江頭が出した相談方針】
<人身について>
相手方の一括対応もあるので,しばらく通院。
治療状況を確認しながら完治or症状固定を待つ。
後遺障害申請を見据えて,治療方法のアドバイスをする。
<物損について>
旦那さんの車両。旦那さんからも依頼をもらう。
<過失について>
過失割合は9:1ぐらい。
こちらに過失が出る事故であることを伝える。

 江頭の相談方針を読む川口。
 30秒後・・・

川口「これでいいと思う?」
江頭「はい!完璧です。」
川口「そうか。じゃあ,いくつか聞いていいかな?」
江頭「もちろん,どうぞ!」

川口「①治療についてだけど,具体的にどういうアドバイスをするの?②通院期間の目安はどのくらい?③治療費打ち切りのリスクはない?④整骨院に通院している場合はどうする?⑤通院って何で行っているんだろうね?車かな?⑥加藤さんには旦那さんがいるみたいだけど,職業や家族構成は確認しなくていい?」
江頭「あわわ・・・」

 うろたえる江頭を無視して川口は続ける。

川口「⑦物損だけど,修理代はどのぐらいだろうか?⑧事故当時の車両の価格は?車種とか初年度登録年度とかは確認しなくていい?⑨今,修理中みたいだけど,代車は出てるのかな?⑩事故当日はレッカーされているのかな?」
江頭「あわわわ・・・」

 さらに,うろたえる江頭を,さらに無視して川口は続ける。

川口「⑪過失割合だけど,別冊判タでは,どの図?⑫そもそも,事故現場の交差点に信号機はあったのかな?」
江頭「あわわわわ・・・すみません。全然完璧じゃないです・・・」


川口「ハハハ・・・ごめん,ごめん。ぼくも詰めすぎたよ。ただ,こんな相談方針じゃ,依頼してもらえないよ。まず,事務局さんがやってくれる電話の聴き取りは,相談を入れるべき案件かどうかを判断するための聴き取りなんだよ。だから,あまり細かい点は聴き取らず,むしろ安心感を持ってもらうためのものなんだよ。一方で,弁護士がやる相談での聴き取りは,今後の案件の進め方や依頼者へ伝える見通しを決めるものだから,事務局さんの聴き取りと同じく,とても重要なんだ。詳しく聴き取って,見通しを明確に伝えることができれば,依頼者もこの弁護士なら任せられそうだなって信頼してもらえるだろ?その結果,ご依頼いただけるんだよ。わかった?」
江頭「はい。すみません。軽く考えてました。」
川口「今後気を付けるように。じゃあ,今ぼくが指摘した,①~⑫の点を簡単に説明していくね。既に,交通事故案件も少しやっているから,わかっている部分もあるだろうけど,一応全部説明するね。まずは,この図を見てみて。」

(図)

交通事故流れ図

江頭「何すか?これ。」
川口「交通事故に遭った人の健康度の変化をグラフで表現したものだよ。交通事故に遭ってケガをすると健康度は当然下がるよね?けど,治療をすることで,健康度が事故前の状態に少しずつ近づいていって,元の状態に戻れば,完治ということ。」
江頭「この症状固定ってなんですか?」
川口「これは,症状が固まるっていう意味で。治療をしてもそれ以上よくならない状態を意味するんだ。そうすると,その先,治療を続けてもその症状は改善しないから,症状固定後に残存した症状は,後遺障害として評価しましょうってなるんだよ。」
江頭「なるほど~それで,症状固定を境にして,損害の項目が変わるんですね。」
川口「そういうこと。症状固定になれば,その後は治療してもその症状は改善しないから,語弊を恐れずにいうと,無意味な治療だよね。だから症状固定後は治療費を請求できないんだ。じゃあ,これらを踏まえて,指摘事項について確認してみよう。」


【川口からの指摘事項解説①】
①治療についての具体的アドバイス
(治療費打ち切りとの関係)
 治療費は健康度を元に戻すために行うもの。つまり,症状の改善傾向が認められる限りは支払われるのが原則。逆に,症状が一進一退だと症状固定と判断され,治療費が支払われなくなる。そこで,医師に対しては,症状を伝えることと同時に改善傾向にあることを伝える必要がある。例えば,「事故直後の痛みを10だとすると,今は8ですね。」など。
(後遺障害認定との関係)
 今回のようなむち打ち症の場合,後遺障害が認められるための重要な要素として,通院頻度がある。2日に1回は通院してほしい。
②通院期間の目安
 今回のようなむち打ち症の場合,一般的には,3~6か月。
③治療費の打ち切りについて
 一般的に交通事故の被害者で自分の過失が50%より小さい場合,相手方保険会社が治療費を立て替えてくれる(これを「一括対応」という。)。しかし,相手方としてもなるべく治療費は支払いたくないので,症状が一進一退になっている場合などは,一括対応をやめますと言ってくることがある。これが治療費の打ち切り。上記①のとおり,改善傾向にあることを医師に示しておくことが重要になる。
④整骨院通院について
 整骨院での施術は,医師による治療ではないので,医師の指示・同意がなければ原則として通わない方がよい。
⑤通院方法
 通院交通費の算定のために通院方法は確認が必要。また,タクシーについては,その必要性が争われるので,ケガの内容との関係性を確認する必要がある。
⑥職業・家族構成
 事故によって仕事を休んだ場合,休業損害が請求できる。また,主婦の場合は,家事労働への支障分を休業損害として請求できる。そのため,主婦と言えるかを確認するために家族構成の確認が必要。

川口「とりあえず,人身については,この程度は相談で聴き取って,アドバイスした方がいいだろうね。」
江頭「うわぁ~大変ですね。ちなみに,治療費の打ち切りって結構あるものなんですか?」
川口「保険会社によっては,むち打ちは3ヶ月で終わりと決めているところもあるみたいだよ。最近は,結構打ち切りの連絡が来るね。だから,依頼者にはリスクとして事前に伝えておいた方がいいよ。」
江頭「わかりました。」

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