雨上がりの追憶part3

これは昔、彼女が好きだったジャズのレコードだ。

“にゃあ゛あ゛あ゛~…”

“あ、出てきた。”

何事もなかったかのように本棚の中から出てきた三毛猫はレコード盤の端っこに顔をこすりつけて機嫌よさそうだ。

“私、針を回転するレコード盤に乗せる瞬間が好きなの。”

ふと、彼女の言葉を思い出した。

“久しぶりにかけてみるか”

ホコリを被ったレコードデッキの蓋を開けて、スイッチを入れ、回転するレコード盤に針を置いた。
パチパチと音をたててからしばらくすると小気味良いジャズの音楽な流れる。
その流れに身をまかせながら入れなおしたコーヒーを手にソファーに座ると、三毛猫がまたひざに乗ってきた。
猫の背中を撫でながら目を閉じる。
音楽を聴きながらコーヒーをたしなむなんて何年ぶりだろうか。
彼女に振られてからはずっと仕事に打ち込んでいた。
本当に辛かった。
何の前触れもなく別れを切り出された。
仕事が無かったら心が押しつぶされていたのかもしれない。
平日は朝から終電まで働いた。
休日は経済ニュースをチェックし、出来る限りの資格試験の勉強に打ち込んだ。
休まる時なんて本当になかったんだ。
まさかこんな風に穏やかな時間を過ごすなんて思ってもみなかった。

“にゃあ゛あ゛あ゛~…”

おまえのおかげなのかな。
静かに時が流れていた。
再び目が覚めた時には音楽が鳴りやんでいて、僕のひざ上に丸くなっていたはずの三毛猫の姿はなかった。
どのくらいの時間が流れていたのだろうか。
いつの間にか眠りこけていた。

猫はどこに行ったんだろうか。
部屋中を探したがどこにもいなかった。
窓を開けると雨がやんで少し晴れ間が見えていた。

“いつやんだのだろう?”

ボーっとそんなことを考えていると、不意に着信音が鳴り出した。
知らない番号だったが、出てみると別れた彼女の母親からだった。
そこで僕は先日彼女が亡くなったことを知った。
不思議なことに心は落ち着いていた。
あの三毛猫のおかげかもしれない。
レコードからジャズを聴き、コーヒーを片手にソファーでくつろぐことは昔彼女とよくやっていたことだった。
彼女は「いつかネコを飼いたいな」とよく言っていた。
僕はあまり猫は好きではなかったが、あの三毛猫とは珍しく相性が良かったのかもしれない。
電話口で彼女の母は、僕と別れた後の彼女の事を教えてくれた。
彼女が末期ガンを患っていたこと、そして僕の将来に事を思い別れを選んだこと、本音では僕に会いたいけれど、やせ細った弱々しい姿を見られたくないこと、そしてそれらを口止めされていたことを。

“あいつらしいですね…”

“…そうですね。”

涙声で話す彼女の母親はどこか懐かしそうだった。

〈続く〉

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