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私は尾崎豊を聴かない

尾崎豊のことはあまり知らなかった。けど、子どものときに母が「変な死に方したもんね」と言っていたのが強烈に印象に残っていた。展覧会があると知ってプロフィールを見ると、私と同い年で亡くなっている。ハッとした。
そして私は尾崎豊展に行くことにした。

とはいってもファンではないので、なんとなく興味を持つ程度でさらさらと展示を見ていく。
確か、シェリーの直筆の歌詞を見たときだった。
歌詞に引き込まれた。
言葉には表せられないけど、その場所から離れられなくなった。夜に電灯に照らされてきらきら輝く線路を見たときや、すばらしい日本庭園を見たときのように。

自分と同い年で命を絶った彼は、生きていればたぶんおじさんくらいの年齢だろう。だけど尾崎豊はずっと若者で、ずっと同じ歌を歌っている。時が止まっている。

展示から帰ってちょっと尾崎豊の曲を聴いてみたけど、間もなくやめた。なんだか魂が揺さぶられるようで…率直に言うと死にたくなるのだ。学生時代に死にたくなっていたそのときの気持ちが少しこみあげてくる。同じ時代を生きてはいないけど、きっと彼は人の心を動かす力を持っていたんだろう。

自分が今生きていることを思う。彼は死んでしまったけど、それで楽になったのならいいんじゃないかと無責任に思う。でも、私は自分が今生きていてよかったと思ってる。生きていなかったら、この曲にも出会うことはなかったんだし。


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