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舞台「笑の大学」の感想

23年ぶりの再演

この作品は、1996年に三谷幸喜さんが西村雅彦さんと近藤芳正さんの二人芝居として書いた作品です。この時は三谷幸喜さんが直前に「巌流島」という作品で脚本が初日に間に合わず、結果として公演初日の延期と、佐々木小次郎役でキャスティングした陣内孝則さんが、その遅れが原因で降板するという事態になりました。結果として三谷さんの作品によく出ていた増岡徹さんが別の役から小次郎役になり、急遽、小林隆さんが入って何とか幕が開いたということがありました。
「笑の大学」はそのすぐ後に公演だったので、三谷さんはその時東京ヴォードヴィルショーの「アパッチ砦の攻防」とあわせて3本同時進行で書いていたので、大変だったと後述しています。そして自分の脚本の遅れで初日を遅らせることは絶対にしないと、コメントしていたのを思い出します。
そんな中で書かれた「笑の大学」、結果として高い評価を得られて、賞をもらったりという作品でもあります。98年に再演してそのあとは上演していなかった作品です。

内野聖陽、瀬戸康史さんの存在

三谷さんが今回、再演してみたいと思ったきっかけは、二人の俳優の存在です。内野聖陽さんは大河ドラマ「真田丸」で徳川家康を演じられて、その時に自分の脚本にある家康像を見事に演じてくれたというのがきっかけ。その内野さんで「向坂」役で演じてもらいたいと。また瀬戸康史さんも舞台「23階の笑い」という作品で起用されてから、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を経ての起用。瀬戸さんの計算で笑わせようと努力している姿が「椿」役にぴったりという思いから、今回の企画となり、しかも三谷幸喜さん自身の演出にもなっています。

ストーリー

あらすじはこんな感じです。

時は戦時色濃厚な昭和15年。
登場人物は、警視庁検閲係・向坂睦男(さきさかむつお)と劇団「笑の大学」座付作家・椿一(つばきはじめ)。
非常時に喜劇など断じて許さないとする向坂は、上演中止に追い込もうと執拗なまでの注文を繰り返す。しかしなんとか上演許可をもらいたい椿は、向坂が要求する無理難題を逆手に取りながら、あくまで真正面からの書き直しに挑戦する。
警視庁の取調室を舞台に、相対する男二人のドラマが始まる。

パルコ劇場HPより

芝居を見ての感想

とにかく、素晴らしい役者二人の、素晴らしい舞台。
で、終わりにしてもいいのですが、もう少し書いておきます。
自分は西村・近藤ver.を見ているので、映画版で稲垣吾郎さんが演じられたときに「若いなあ」という思いがどこかにありました。そして今回の瀬戸康史さんの起用も「若くないかな」と思ったのですが、全くの杞憂でした。瀬戸さん起用の良さがとてもよく出ています。
椿の所属する劇団の公演が迫っている中で、それでも何とか制約があっても書き上げる努力を惜しまない、そして後半に出てくる戦中での厳しい検閲制約に、椿自身は筆を折らずにあくまで書くことで抵抗するという強い意志、そういう笑いの追求と、圧力に負けない意思というキャラクターがピタッとはまっています。変に力が入っているわけでもなく、瀬戸さんの演技はそういう部分で自然な感じがしていて、良かった。
瀬戸さんの途中、お宮と貫一に書き換えたあたりからの、楽しそうな感じは、すごく良い表情だし、向坂とのやり取りで本がどんどん良くなっていくことを実感した嬉しさみたいなものがすごく伝わってきます。瀬戸さんの演技はそういう力みのない感じが良いです。前回「世界は笑う」で見たときもそうですが、良い俳優さんだなあと感じます。
内野聖陽さんの演技はもちろんいうことなく、冒頭の「烏を飼っている」話と、検閲官としてのギャップをサラッと見せて面白さを感じさせる向坂という役は、西村さんの時に感じたクールさとはまた別の印象でとてもよかったです。途中から笑うという世界への楽しさを知った向坂の変化は、内野さんの演技力で魅力がどんどん広がっていくし、さらに椿が権力への抵抗を口にした瞬間、検閲官としての凄みを見せる姿は、本当に良かった。内野さんはこういう二面性を見せるときの振れ幅の凄さが、やっぱり経験なんだと思います。
最後のシーン、椿は「笑のない喜劇」を書いて来いと言われて出した本、、、、結果として素晴らしい喜劇になっています。そして上演許可の話以前に、椿に届いていた「赤紙」、、、、、、これが二人のかかわりの終焉でもあります。向坂が立場を忘れて伝える言葉、椿が見せる背中、このラストの余韻が最高傑作を作った二人の時間の終わりを実感させて、素敵な作品だったと改めて思わせてくれます。

ラストの場面

最後に仕上げた台本を持ってきてからの椿の感情はいろいろだったと思います。まず結果として、椿自身は信念で持っていた「検閲に筆で抵抗する」に勝てなかったという事実。向坂に「笑いのない喜劇」を作れと言われて、最終的に書いたものは、冒頭から方言のセリフなどを盛り込んだもの。もちろんある地域での言語だから、笑いの要素かどうかは別として。ただ向坂は笑いの傑作であると評する。この時点で椿の抵抗はある意味での敗北になっている。椿の表情が晴れないのはもちろん赤紙の通知によって戦場に行くこともあるでしょうが、検閲という国家権力に勝てなかったこと、向坂の要求に応えて素晴らしい戯曲を仕上げる時間を失うこと、劇団が結局上演できないことなど、様々な感情の入り組んだ終わりを見せてくれます。
どれが一番椿の胸に響いているのでしょう、、、、、自分の傑作を上演できないことと、そしてそれ以上の傑作を作ることが戦場に行く自分には、もうできなくなるかもしれないという思いなんだと思います。瀬戸さんの演技はそういう複雑な思いを変に誇張せず見せてくれていて、観客側の想像力を膨らませてくれるものでした。
逆に向坂の感情は明確でした。椿という稀有の作家を失うことの辛さ、向坂に笑いを教えてくれた恩人への思い、内野さんの演技には瀬戸さんと逆に感情のほとばしる感覚が舞台上から客席にグッと来る、見ている自分の気持ちがどんどん突き動かされていくもので、この二人の対比も改めて素晴らしい演出と感じた時間でした。三谷幸喜さんの演出はこういう部分、ほんとにすごいなと思わされることばかりです。

初演版との違い

基本、エンディングまではほぼ同じです。最後のシーンが違っています。初演版だと、最後に向坂が椿の仕上げた台本の中で、お宮が毒を飲むシーンに関して、注文をつけてこう直したほうがいいでしょ!っていう提案をして、そこからまた二人で直しに没頭する流れで終わります。
今回はそこをあえて心情が残る演出に変えることで、向坂の思いが見ている側に伝わってくる終わり方でした。どちらも個人的には好きですし、今回の終わり方は、内野さんだからこその終わり方で良いなあと思っています。

最後に

長い年月を経て、再演してくれて、しかも三谷さんが考える素晴らしい二人の役者で演じた作品を見ることができて、本当に良かったです。
地方公演などもあるようなので、ぜひ興味を持たれた方はご覧になってほしいと思います。
ついでながらブルーレイも以前の西村・近藤ver.で販売されているので、そちらも見ていただくと、また違った印象で楽しめると思います。
Twitterにもつぶやいたのですが、瀬戸さんにはぜひとも以前、唐沢寿明さんで上演された三谷さんの作品「出口なし」をやってほしいと思います。これは本当に面白い。はじめ見に行ってあまりの面白さに、観劇した後すぐにチケットぴあにすぐに足を運んで、残りの公演日のチケットを探してもらいすぐに購入したのを思い出します。あの主人公は瀬戸さん、ぴったりはまるんじゃないかなあ、、、、
同じく内野さんには「巌流島」をやってほしいのです。宮本武蔵が今なら貫禄も含めて似合いそうです。初演の時は役所広司さんが演じているのですが、それはもちろんNHKドラマで宮本武蔵を演じていて、その時の役柄のイメージがすごく良い。その武蔵が三谷さんの舞台でどう演じられるか?という試みもあってキャスティングされていました。で、実際この「巌流島」も傑作なわけです。面白さは保証できます。
三谷さんはそんなに多く再演されるわけでもないので、この時期に多く書かれた「パルコプロデュース」関連の作品については、早め検討をお願いしたいです。

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