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KERA・MAP#010「しびれ雲」の感想


先日、本多劇場で見てきたKERA・MAP#010「しびれ雲」の感想になります。前回の「キネマと恋人」の舞台である梟島を舞台にしたアットホームな作品ということで、今までとだいぶテイストが違うんだなと思いました。
基本、ナンセンスな作風に鋭いナイフがグサッと来る結末になることが多いケラリーノ・サンドロヴィッチさんが、ハートウォームな作品を書くということに驚きもあります。
ケラさんの言葉が以下のようにありました。

今回は珍しく、姑息に笑わせようとか無闇に緊張させようとかいった狙いが全く無い、真っ直ぐで暖かでささやかな群像劇です。普遍的な人間の営みを描いていて、登場する人々もどこにでもいる平凡な人達。一方、失われてしまった「家族」と言う制度とか型みたいなものも描いています。お客さんはどこかしら自分と重ねる部分があるのではないでしょうか。

そろそろこうした芝居を作っておきたかった。50代最後に皆で創作できたのは幸せです。なので、リラックスして好きに観てもらいたいと思っています。
ステージナタリーより

今回はこのケラさんの言葉通り、ひたすらアットホームというか梟島で起こる夫婦喧嘩、記憶喪失の男を巡るドタバタ、島に住む未亡人とその娘の結婚についてなど、大きな出来事は決して起こらないが、その島の中での日常がざわめくエピソードが舞台の中では10月から年末にかけての期間という時系列で描かれています。
このエピソードが非常に微笑ましく、特に島の姉妹(緒川たまきさん、ともさかりえさん)を巡る話が主軸になりますが、いずれも二人の個性が際立った話になっていました。前回の「キネマと恋人」のときもそうですが、このお二人の組み合わせはいろいろな作品で、これからも見ていきたいなあと思います。
頭部を負傷して、記憶喪失になった「フジオ」役の井上芳雄さんが非常に新鮮でした。自分は以前の「陥没」のときを見ることができていない、そして上演予定だった「櫻の園」が上演中止だったので、ケラさんと井上さんの組み合わせを見るのが初です。普段は帝国劇場で演じられている方が本多劇場にいるのは不思議な感じです。実際にお芝居を見ると、井上さんの持つ爽やかさが非常にフジオというキャラクターにハマっていました。声の感じが今回はフジオというキャラクターにすごく説得力を感じて、良かったです。
あと今回非常に印象に残った俳優さんが二人。一人は富田望生さん。波子(緒川たまき)の娘役で、お見合いで嫁ぐかどうかを悩む役柄でしたが、非常に慎ましさと母を思う優しさがにじみ出た演技で良かったですね。もうひとりは自分が大ファンの清水葉月さん。いろいろな作品に出演されていて、新感線から今回のKERA・MAPまで本当に幅広い。今回はともさかりえさんの夫である文吉(萩原聖人さん)に片思いをしている娘役。奥さんがいることを知っているので、秘めた思いを持っていますが、夫婦喧嘩をきっかけに接近しようとする役柄でした。いろいろな舞台でエネルギッシュに動かれている事が多いので、今回のような秘めた思いの役柄もまた新鮮な印象を持つ事になりました。

こういうちょっと力を入れずに、見る自分が何かが起こるのか?ということを構えずに見た舞台は久々な感じです。見ている間、肩の力がすっと抜けた感じでした。いつもは舞台上で起こる出来事にぐっと対抗する意識を持つのですが(笑)
小津安二郎のイメージがある中で作られたという記事をどこかで見た気がしますが、ケラさんもそういう時間や空間を意識されるようになったのかな?と思います。作風が更に広がって、それはそれで嬉しいですね。もっとも発表する場がナイロンならまたナンセンスな作品をつくるでしょうし、ケムリ研究所でも違うでしょう。この「しびれ雲」も以前の「修道女たち」とは全く違う作風です。
途中、石持家の当主である一男さんが、ボケてしまうというシーンがあります。でもそこをことさら深刻な話にせず、むしろ記憶喪失で悩んでいたフジオがこの一男に挨拶されることで、島に馴染む流れの一つのアクセントに変えています。また島の坊さんが坊主をやめて女性と島を出ていくエピソードも、波子さんが「嫌になったからやめた」という話でさらっとして、ことさら大きなエピソードにはならない。あえていえば木魚を運ぶのは大変だったと思いますが。そういったエピソードをとってみても、今回の「しびれ雲」が島の日常に起こる「さざなみ」が島の生活に溶け込んでいく、そしてまたゆっくりと日常が流れていく、そういう作品として出来上がっていることで観客である自分にも同じような時間が流れて、楽しむことができたことはありがたい限りです。


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