ぜいたくもの〈短編〉

「昼間っからアサヒ缶飲んで、天ぷら3個食べてうどん食って、贅沢ものだなぁ」

試験官の短期バイト上がり、今日初めて会ったシミズさんが、会場の外に落ちていたはなまるうどんのレシートを拾ってなんとも晴れ晴れしそうな顔でそう言った。

シミズさんという男性は元英語教師で、最近定年退職したらしい。
定年退職後に試験官の短期バイト、、、なぜ?
と私は不思議に思ったが、初対面だし、そこまでは聞かなかった。

偶然私も教員を目指していたから、「教員ってどうですか?どんな仕事ですか?」とバイト中に聞いてみた。

「自分の子どもには勧めないね」と笑顔で言われた。

ふーん、やっぱりそうか、と思った。

「大変なこととかあったんですか?」とまた聞いてみた。

「大変なことばっかりだね。悪ガキはいるし、話は聞かないし。まあ、僕の時代は、ほら、暴力が許されてた時代だからさ、その点は今よりも素直に子どもと接することができていたかもしれないね。うん、そうだね、昔の子どものほうが素直だったかもしれない。」シミズさんは変わらずにこやかな顔でつづける。
「でも、やっぱり一番大変だったことは、奥さんとうまくいかなくなったことかなぁ。あぁ、もう今は仲良くなったけどね。うち、奥さんも教員だったからさ、なかなか時間が合わなくて、お互い忙しくてね。子どもにも迷惑かけたなぁ。」

暗い話だなぁ、と私は思ったが、シミズさんの表情は晴れやかだ。

「そうだったんですね。やっぱり、教師は大変ですね。」私の本心だった。

今日初めて会った人から、自分にとって何とも有益な話を聞けて、よかったと思った。それと同時に、自分がなりたい「先生」に対して、少しの不安も覚えた。

それでも、、、。

17時、ずっと立ちっぱなしのバイトが終わって、シミズさんと一緒に会場の外へ出た。夏の夕日が煌々と二人を照らしている。

「いやぁ、僕初めてこのバイトっていうものをやったんだけど、なかなか疲れるねぇ、でも、楽しいねぇ。」とシミズさんはにこやかに言った。

「ですね、私も疲れました。」と、精いっぱいの笑顔で答える。

会場の外は芝生で、見下ろすとそこに1枚の紙きれが落ちていた。シミズさんはそれに歩み寄り、迷いなくその紙を拾い上げた。私はぎょっとした。
その紙は、はなまるうどんのレシートだった。内容は

アサヒビール缶×1
いか天×1
かき揚げ×1
サツマイモ天×1
かけうどん冷×1

「13:35だって、昼間っからアサヒ缶飲んで、天ぷら3個食べてうどん食って、贅沢ものだなぁ」

今日初めて会ったシミズさんが、会場の外に落ちていたはなまるうどんのレシートを拾ってなんとも晴れ晴れしそうな顔でそう言った。なんて想像力の豊かな人なんだろうと思った。

「ほんと、贅沢ですねぇ」
私もなんだか気持ちがホクホクして、心から、満面の笑みでそう答えた。


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