なんしょんな_俺

『なんしょんな!俺』(7) アニメ制作のデジタル化 / 川人憲治郎

※全て無料で読めますが、今後の活動費に当てさせて頂きますのでよろしければご購入も頂けますと嬉しいです。

 アニメ制作において、“デジタル”という存在が当たり前のようになりましたが、いまのアニメ業界のデジタル化は実際のところでは、まだ完全にペーパーレスになっているわけではありません。
 完全ペーパーレスに取り組んでいるスタジオもありますが、極一部のスタジオに限られているのが現状です。最近はアニメ映像の設計図である絵コンテを、直接デジタルデータとして描く演出家は増えてきましたが、そのあとの作業に携わるアニメーター、色彩、背景、編集など大勢のスタッフにプリントアウトをして配らなければいけない(打ち合わせ時にカットごとにメモを書き込む必要がある)ので、どうしても紙を使うし、作画するにも紙(一部デジタル化しているスタジオもありますが)が主流だしで、まだまだ完全ペーパーレスには程遠いかなというのが個人的な実感ですね。

 何といっても大量に紙を消費する(30分のテレビアニメ放送一回分の動画用紙だけでも、大体3,000枚は必要)業界なので、環境面からみると自然破壊を増長している業界かもしれません(汗)。
 それでも仕上げ、背景、撮影は完全デジタル化されているわけで、セル画の時代とは比べ物にならないぐらい便利になりました。セル画時代はセル絵の具が乾かない仕上げ上がりを受け取り、車の中に一枚一枚広げて乾かしながらスタジオに戻って即〈撮出し〉なんてこともやりました。それに比べれば絵具代はいらないし、乾かす時間もいらないと何と便利になったことか。

 ちなみに前述の〈撮出し〉というのは、セル画と背景を合わせてタップ位置(背景の上にセル画を置く位置)を決め、撮影フレーム(カメラワーク)を指示する作業です。デジタル撮影でも行っているスタジオもありますが、今ではもうごく少数ではないでしょうか。
 〈撮出し〉では撮影に指示するフレームを仕上げ上がりにそのまま書き込むとセル画素材を使えなくなるので、予め何も描いていない〈からセル〉を置いて、その上に油性ペンでフレームや演出指示を書いていくのですが、間違って〈からセル〉を置かないで撮影指示を書いた時には、そのセルにあるキャラだけをデザイナーカッターで綺麗に切り取り〈からセル〉に両面テープで貼り付けてセル画素材を複製する大変時間のかかる修正作業を行わないといけません。
 タックにいた大物監督が〈撮出し〉するときは、何故かセル画にそのまま指示を書き込む現象が頻繁に起こりました。それを複製していく内に、このままいけば私は藤城清治さん(※1)の様な切り絵画家になれるんじゃないだろうかと錯覚したりもしたものです(笑)

 国内の仕上げ上りは、動画用紙の上にそのままセル画が乗せられてカット袋に入って納品されるのですが、海外に発注した仕上げ上りは輸送の段階でセル画が傷つかないようにセルの裏に「薄紙」と呼ばれる紙をつけたまま納品されます。海外作業の仕上げ上がりはまずその薄紙を剥がすところから始まります。この薄紙剝がしは、私にとってはストレス解消にはもってこいで、身ぐるみをはがす快感に近いかもしれません(笑)。そんな犯罪行為は決してやっていませんけどね。さらに、剥がした薄紙を体にまとって寝ると暖かいんです。よく一部界隈では「新聞紙を体に撒いて寝ると外でも寒くない」と言われますが、薄紙も負けていません!実際に薄紙を巻いて外で寝たことないですけどね。

 いまやセル画はデジタルで着彩されたデジタルデータへと代わり、背景データと併せて撮影スタッフがパソコンで撮影していくので、フィルム時代にあった〈現像作業〉も不要になりました。各々のパソコンという箱の中で最終工程まで仕上がり、放送用にフォーマット編集を行うスタジオにデータで送られてダウンロードして行くので、上りの待ち時間も随分短縮されました(ひと昔前まではワークテープと言って、修正後のカットを一旦テープに書き出したのものを、その都度編集所まで持ち込まなくてはいけませんでした)。

 ただ、デジタルは加工、複製が簡単になった分、〈トライ&エラー〉が簡単に(そうでもないケースもあるにはあります)色々と試作が出来るので、撮影スタッフには色々と負担をかけています。
 デジタルとアナログのどちらが良くてどちらが悪い分けではありませんが、デジタルになってからは、各々のセクションにおいて作業が細分化されている分だけ、画像データをきちんと〈整理・管理〉していないとデータが迷子になったりします。現物が目の前に無いせいで、管理をおろそかにすると作業が完了しているのかどうかすらもわからなくなります。

 そんなデジタル制作の環境ですが、いまやAIが動画の〈中割り〉をやれるらしく、AIに様々な監督、アニメーターの癖を覚えさせて進歩していくと、そのうち音声指示だけで色んなジャンルのアニメが完成して行く時代が来るのかもしれません。昔、同僚と話していた「私たちが寝ている間に小人さんが来てフィルム作ってくれたらいいな」が実現する時代の到来がすぐそこまで迫っているのかもしれませんね(笑)

 その時は、「セル画のアニメ」や「デジタル制作アニメ」はどういった語り方をされているんでしょうね。


(※1)1924年(大正13年)生まれ、東京都出身。日本の影絵作家。キャラクター「ケロヨン」の原作者としても知られる。1989年には紫綬褒章を受章。現在も全国各地で精力的に個展を開催するなど、一線での活躍を続けている。

【 川人憲治郎(かわんど けんじろう) プロフィール 】
 1961年4月1日生まれ。香川県丸亀市出身。
 株式会社グループ・タック、株式会社サテライトなどでアニメーションプロデューサーを歴任。
 ふしぎの海のナディア(1990年 - 1991年)、ヤダモン(1992年 - 1993年)、グラップラー刃牙(2001年1月 - 12月)、FAIRY TAIL(2009年 - 2013年)など、プロデュース作品多数。
 現在は、株式会社ディオメディア(http://www.diomedea.co.jp)にて制作部本部長を務める。無類の愛犬家。


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