『感じる。生きる』(13) 私にとっての表現とは/ HA〜HA
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表現とは何か。
私は、表現をするって言葉が正直よくわかっていないかも知れない。
ここで私が表現について語りだしても、あくまでも私の価値観での話だ。
私は、単純に「自分を表現する」って言葉自体が最近まで好きではなかったと思う。
例えば、踊りを踊っている人を見て、表現力の中に自分に注目して欲しい感じが強い人の踊りの雰囲気を苦手と感じ取ってしまったことがあった。
だからか、自分はそんな風になりたくないと思っていた時もある。
けれど、嫌いだったから余計に感じたのは、表現することにどこかこだわっていた自分がいたのかも知れないということ。
自分を出しすぎることが美学に反すると思って来たこと自体が私の固定観念だったのかも知れないと。
自分を出しすぎる人をどこか苦手と感じていた自分こそが、自分が正しいと思ってしまっていたことだなと気づいた。
こだわってしまっている気持ちって、実は自分が気にかけているからだったりもするなと。
それは、踊りへのこだわりがあった母から受け継いだ部分かなとも思っている。
踊りが好きで好きだった私は、頭の中でイメージだけが膨らんで実際に恥をかくような実行に移したことはなくて、もし人前で踊ることがあった時は、人から見られる自分を想像しないで割り切って行っていた。
けど、そんな現実は棚に上げて、踊りを見る時はそうやって辛口な判断をしていた傾向にあった。
「表現する」って言葉を今でも正直私はわかっていないかも知れないけれど、私は言葉を紙につらつら書いたり、歌を作ったり表現すること自体は行っているのだと気づく。
正直、今でも人前に出ることは得意ではないし。
だけど、やらないと決めているわけでもない。
自分にとって歌を歌うことは特別でもなくて止められないからだと思う。と言ったほうが自然だからかなと。
歌は、気付いたら出来ている。
そして、「表現する」ってなんだろうか。
私にとって、人から見られた自分を意識することは嫌なんだと思う。
表現することって人から見られることを考えないで行うことなのかも。
自分が表現したことに対して、私はどうこう言われたりするのをあまり聞きたくない。
だってあくまでも表現は私の価値観だから。
だけど、共感してくれたりする人がいて、思わぬ言葉を頂いたら、思わぬギフトをもらった気分になる。
そんな感覚だなと書きながら気づいた。
そう。
これはあくまでも私の視点での「表現する」ことへの考え方の一部。
【 HA~HA(ハーハ)プロフィール 】
音楽がすき。自分のタイミングで生まれる歌を時々歌っています。
自分の人生を通して、人の役にたてることがあったら嬉しいなと思っています。
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『ここ』Live Movie 2020/01/12「shiro & HA〜HA」@Cafe & Livespot FJ's
CDアルバム/『sotto』(全曲ダイジェスト)
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