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考えてみればちょっと怖い話(誕生秘話11)


その作家さんを最後まで信頼して信じぬくことを決めたら、あとは面白い作品を書き上げてくれるのをひたすら「待つ」のが僕の仕事です。
(世の中には2種類の作家がいる(誕生秘話10)より)

と、編集イワサキ氏はこのように言うわけですが、実は小説家にも「待つ」ことが必要なことがあります。

 前回、プロットの話に触れましたが、プロットがあろうがなかろうが、途中で編集者に相談しようがしまいが、結局のところ、小説家が手を動かし、動かし、動かし続けなければ小説は出来上がりません。

 また、最後まで書き上がったとしても、それで完成というわけではありません。


 この作品の初稿が上がったのは、2018年の初夏のことだったと思います。

 初稿は、あくまでも初めの原稿ということで、初稿が出来れば出来上がりというわけではなく、そこから数度の改稿作業が行われます。改稿は、初稿を編集者に渡して、意見をもらって行われることもあれば、作家が初稿をしばらく「寝かせて」、再び自分で読み直して修正を行うこともあります。

 この作品の場合には、一度、作家の手元で寝かせて、それから編集者に渡すという過程を経ました。

 デビューしたばかりのころは、「出来た。はい、パス」という感じで、すぐに編集者に手渡していたのですが、「こう書いたらこう言われる」ということが分かってきたこともあり、最近は、できるだけ手元で修正を入れる(か、何を言われても修正しないという肚を固める)ために、少し自分の元で時間を使うようにしています。

 そうして原稿を送り、編集者がそれを読んで、再び連絡が来るのを待つわけですが、この時間が長い。

 たいていの編集者というのは忙しいもので、しかも原稿用紙で八百枚に届くという勢いの原稿を読み、どこをどう直したらさらに良くなるのか考えるというのは時間が必要なものです。

 それは分かっている。分かっているのですが、こちらは一刻も早く答えが欲しい。何せ、長い小説が書きあがってテンションが上がっています。しかし、何度も言いますが、編集者は忙しいもの。世話をしなければならない作家は他にも大勢いて、ひとりにばかり掛かりきりになっているわけにもいきません。(あくまでも聞いた話ですが、編集者ひとりが二十人から三十人の作家を担当することは珍しくないそうです。このマンパワーの不足が現在の出版界における大きな問題だとも思うのですが、それはまた別の話)。

 ただし、今回の場合、それほど時間は掛からず、一ヶ月ちょっとで赤字の入った原稿は手元に戻り、再び打ち合わせが行われることになりました。

 そうして二回目の打ち合わせが行われました。

 ここでちょっと話が脱線しますが、その二回目の打ち合わせで、再び編集イワサキ氏と顔を合わせたときに、ちょっとびっくりするようなことに気付きました

 考えてみれば、企画のスタートから本の完成まで、編集イワサキ氏と会うのは、これが二度目。もちろん、メールなどではちょいちょい連絡は取り合うわけですが、それにしたって、たった二回。

「キノブックス」など社名肩書きの入った名刺はもらったものの、それが本物だという保証はどこにもありません。私が会った、頼りない大泉洋のような男が、本物のキノブックスに勤務する編集者とは限らないわけです。

 いや、もちろん彼は本物のキノブックスの編集者だったわけですが、そして私のようなサンピン小説家を騙してもなんのメリットもないわけですが、そういう人に、約一年掛けて書いた小説をぽんと手渡すのは、なんとも怖い話だなあ、と思うのでした。


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