前回は、担当編集者である岩崎輝央氏より上手とは言えない字で、手書きの原稿依頼のお手紙をいただいたことをお話しました。
そして岩崎輝央氏のパートでは、本人は「むちゃくちゃうまく見せようとして(あの字を)書いた」という衝撃の事実が明かされました。

さて、そんなお手紙の中でいただいたのが「30代中盤の世代に向けた王道の恋愛小説」という投げかけでした。

「30代中盤の世代に向けた王道の恋愛小説」。特に難しそうなことではありません。ところがこの依頼、深く考えれば考えるほど厄介なものでした。

そもそも恋愛小説って、たいがいが悲恋。でも悲しい話は読みたくないし、読ませたくない。

だって、ちょっとぜいたくなランチ食べられるぐらいのお金を払って、二人とも死んじゃったり、片方だけ残されたりする話だったらどうします? 毎日あれこれで疲れ果てて生きていて、悲しいことや辛いこともいっぱいあって、せめてと思って開いた本の中でも世界がうまくいかなかったら?

もちろん、そういったタイプの物語の中にも、優れた物語は多く存在します。
でもそれは、水沢秋生が書くべき話ではない。

さらに「30代中盤の世代」というのも難しい点でした。世間から見れば立派な大人。でも、それこそ30代中盤を経験した人なら分かると思いますが、決して若い頃に思っていたほど、大人でもない。かといって、子供でもない。
そういう世代の人に向けた物語って?

その他にも問題は山積だったのですが、ここらのくわしい事情は2019年1月発行のジュンク堂のPR誌「書標」に書いてありますので、興味のある方はご覧ください。

ただ、厄介だからと言って、一度引き受けてしまった以上は「ごめんなさい、できません」というわけにはいきません。そこから私の、長くて暗い航海が始まりました。

と、こんなところで投げ返されても困るかと思いますので、岩崎輝央氏には「なぜ水沢秋生に王道の恋愛小説を書かせようと思ったのか」「なぜ『はあちゅう』『酒井若菜』ときて、『水沢秋生』だったのか」などといったことを教えていただきたいと思います。

(つづく)

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