自分の闇を受け入れること
ここ数年ずっとスランプ(?)で、思うように絵やモノが作れなくて不思議に思っていたのですが、それはアカシックリーディングをするようになってから必要以上に闇を避けていたせいだと気がつきました。
私は元々、ダークなテーマのお話や映画、音楽が好きです。描く絵も、どことなく暗い一面があったり「NoAHの絵ってかわいいけどグロテクスなところあるよね」と言われたりしてその度にショックと納得の入り混じった変な気持ちになりました。
友達の結婚式用ウェルカムボードを描くことになった時、うちに遊びに来た他の友達が描きかけの絵をみて
「え…これ結婚式で飾るの?入水自殺にしか見えないんだけど😂」
と言われたり…
結果的にその絵はプレゼントした友人夫婦がとても気に入ってくれて、私の中でも未だに超えられない最高傑作の一つとなっています。
しかしこの絵を描いたが最後、自分の中でこの作品を超えるものを創れていないのが現状です。
最近、数年前まで苦手だったサイコスリラーや、拷問、惨殺シーンが多く出てくるような作品ばかりあ観ていることに気づき、おかしいな〜と思って色々考えたところあることに気がつきました。
それはアカシックリーディングをやり始めてから、自分の光の部分ばかりに目を向けてきたということです。
アカシックリーディングの情報を発信するSNSや、セッションで描く絵、普段使う言葉など『光を感じられるように、自分の中の闇が出ないように…』と無自覚に意識していたようです(振り返ってみると、セッションで描く絵は降りてきたそのままを描いているのでクライアントさんの状態によっては影の部分が出ているものもありました)。
光が当たると影ができるように、光と闇は表裏一体なのでどちらかだけを強くするということはできないんですね。無自覚に光を求めるあまり、その強い光でできた影が私をダークファンタジーの世界に引きずり込んでいたようです。
『あぁ、もう限界だな』と思いました。光も闇もどちらも好きなのに光だけを追い続けるせいで、結果的に自分に嘘をつくことになっていました。おそらくこれが思うように創れないことの原因です。
…ということで、
これからは自分の中の闇の部分も大切にして作品を作っていこうと思います。
もう怖がらなくても大丈夫。私の闇の成分が入ったあの最高傑作は、誰かの最高にもなれたんだから💫
P.S.
今年から猫と暮らし始めて夜が怖くなくなりました。2022年の運勢を見てもらったときに『猫はあなたに必要で、来れば何かが変わる。黒猫がいい』と言われていたのですが、もしかしたら闇と仲良くする準備だったのかもしれません。猫が来た当初は夜の運動会や夜鳴きに悩まされましたが、今では彼女が夜を守ってくれている気がしてとても心強いです。
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