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ふしん道楽 vol.30 歴史的建造物

免許を取ったので色々なところへ車で遠出するようになった。
昨年は長野県塩尻市にある奈良井宿へ行き古い街並みを堪能した。
中山道34番目の宿場町で江戸時代は「奈良井千軒」といわれるほどにぎわっていたそうで、当時からすればだいぶ数は減っただろうがそれでもかなりの規模の集落だ。
昔ながらの建物がほぼそのままの形で保存されていて感嘆したが、同時にどうしてほかの歴史的建造物のある街はこのようにできなかったのか、と
何とも悔しい気持ちになった。

奈良井宿は昭和40年代に自治体で話し合って街並みを保存すると決め、以来徹底してそのスタイルを保っている。
もちろん細かく見れば店先などでアップデートされている部分はある。
しかしもちろん、全体の街並みの雰囲気を阻害するような看板やのぼりなどは最小限に抑えられていた。
これだけ街並みの保存を徹底すればバカみたいに派手な看板を立てまくったり、ゆるキャラや萌えキャラをやたらをそこら中に貼りつけなくてもたくさんの観光客がやってくる。
逆に徹底してそういったものを排除しているからこそ求心力があるのだ。

なぜか日本の地方自治体はそういったことを理解できていないところが多く、せっかくの街並みにスタンプラリー用の立て看板をつくって、無料の和風素材から拾ったような市松模様を配した垂れ幕を商店街の入り口にかけたり、なんちゃって和風建築のスイーツ屋を入れてしまったりする。
本物の日本建築のなかになんちゃってのニセ和風建築を入れたら、本物の「本物感」までもが目減りしてかえって台無しになるということも分からんのか……と脱力するばかり。
そんな光景を目にすると、どうしたらこれ以上日本の古い街並みが破壊されないで残せるのだろうか、どうかもうこれ以上街並みも自然の景観も壊されませんように……と毎回神に祈るような気持ちになる。
実際この十数年、恐ろしい勢いでのどかな田園風景や古い家屋の並ぶ集落が消滅しているのを感じる。
去年あった古い家と趣ある柿の古木が切り倒されて駐車場になっていたり、お屋敷の跡地に消しゴムのような家が5軒ギチギチに建てられていたりするのを見るたび我が身が削られるような思いをするのだが、それでもほのかな江戸情緒や明治大正浪漫を求めて各地を徘徊してしまう。

先月は時代劇のロケ地としてもおなじみの近江八幡の八幡堀を船で遊覧した。
ここは平成に制作された二代目中村吉右衛門主演の「鬼平犯科帳」にもよく出てくるので鬼平ファンの私は聖地巡礼とばかりに大喜びだったが、ここは古い石垣や橋、船着場がそのままになっており周辺の飲食店も佇まいに気を使っている。
中身がビアバーであっても外観は昔のままの蔵の造りだったりして、ネオンの看板などはもちろん付けていない。
だからこそ多くの時代劇のロケ地ともなっているんだろう。
水辺のシーンとなるとほぼここが出てくる。
ロケ地のレギュラーといって良いくらい、水辺の撮影に使えるのはおそらく実際もうここしか残っていないからだ。
余計な看板やお土産屋の電光掲示がない、シンプルに昔のままの姿をとどめているところが。

近江八幡も奈良井宿も海外の観光客がたくさん来ていたが、観光客が求めているのもまさにそういうものだと思う。
私たちだってストーンヘンジに行って「ストーンヘンジ!歴史的な名跡」って書いてあるのぼりがあったり、「ストーンヘンジまんじゅう」が売っていたら興ざめするだろう。
それと同じことなのがどうして分からないのだろうか。

本当にそろそろ真剣に街並みや自然の景色というものを考えるべきだ。
日本はそういうことに対して無自覚&無頓着すぎる。
そしてこれは、いち町内会長などが頑張ったとてどうこうなるものではないので行政がしっかり保護し、維持のための予算を取って景観を守るための条例を整備しなければ難しい問題なのだ。

先日、事務所の近所を散歩していたところ、南平台にある元首相の三木武夫邸が解体されていた。
見学をすることも可能で、申請すればイベントなどにも使用できるということだったので、いつの日か自分のやっている着物のブランドにて撮影に使わせてもらえたら……と夢見ていたのだが、なんの前触れもなく解体されていた。
もちろん管理が大変だとかさまざまな理由はあるのだろうけど、何でこういうものを保護しないのか理解に苦しむ。

今から同じように建設しようとしても無理なものを簡単に破壊する。
一般人の邸宅は確かに名目上難しいだろう。
著名な建築家の設計でもない限りなかなか残すことは難しい。
しかし、長く政権に携わった人の家なのだから名目としては充分ではないのか。
三木武夫氏の功績うんぬんではなくて建築物として、これまで無傷で残っていたものを保存する意思がまったくないことにあぜんとしてしまう。

陶器のタイルが美くカーブを描く落ち着いた薄い黄土色の塀、覆い被さるように生えているかなりの樹齢の楠がうっすらと影を落とし、真夏でもそこだけが涼しげである。
最近はなかなかない広くゆったりと幅をとった門、玄関までのアプローチ。
複雑に重なり合った瓦屋根も趣があって往時をしのばせる。

その前を通るたびに心が落ち着くような建物が都内にどれほど残っているというのか。
これを価値なしと判断し、解体してしまうのはあまりにも愚かである。
きっとこの跡地にはそこら中にあるのと同じような低層マンションが建つのだろう。

いつもはリノベーションや家に関することばかり書いているけど、保存されているものと失われたもののことを考えてついこのような内容になった。
いくら家の中だけおしゃれにしたとて街が、国全体がこのような有様では
どうにもならない。
豊かな森林を切り開いても何とも思わない政治家を始めとして、窓から眺めている景色の貧しさを何とも思わない人が増えているのかもしれない。
嘆かわしいことだが、せめてこの雑誌を読んでいる建築に携わる方々に考えていただけたらと願うばかりである。

特に住宅メーカーさんは敷地に一本も木が生えていないような、室内だけえらくおしゃれな建売を若い家族に売りつけるのをやめてほしい。
それは「自分の家の中さえ良ければ街並みや景観は関係ない」と思う人を
間接的に増やしている行為だから。


初出:「I'm home.」No.130(2024年5月16日発行)

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安野モヨコ&庵野秀明夫婦のディープな日常を綴ったエッセイ漫画「監督不行届」の文章版である『還暦不行届』の、現在連載中のマンガ「後ハッピーマ…

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