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還暦不行届 第十四回 監督の手料理

好き嫌いについてはいろいろと書いてきたけれど
監督がお料理をすることについてはまだ書いたことがないような気がする。

そもそも出会った頃は家にヤカンすら置いていなかった。
マグカップ、コップといったものも見当たらない。

家でお湯を沸かしてお茶やコーヒーを淹れるといったことを
まるでやらない。
喉が渇いたらコンビニに行って冷えたジュースを買い
お水を飲むときは蛇口の下に顔を突っ込んで
流れてくる水道水を直接飲んでいた。

食器などを買わない家にもワンカップ日本酒の空きコップくらい
ひとつふたつ転がっていたりするものだがそれすらない。

食器どころか台所にはガス台も置いていなかった。
当然ながら冷蔵庫や電子レンジといった
生活家電の類ももちろん無い。

最初に家に行ったときはその汚さもさることながら
生活道具類の無さに驚き、なんなら感動すら覚えた。
こんなになにも無くてどうやって生きてきたんだろう?

一緒に過ごすようになって気がついたのは
監督はお湯がなければ水で過ごし
水もなければ乾きを我慢する人間だと言うことだった。
なければ取りに行くのではなくて
我慢する方を選ぶ。

しかもその「我慢」もあまり苦痛と思っていなくて
無きゃ無いで別に...と涼しい顔をしている。

食べ物に対する執着が薄い。
どこに隠しても一瞬でミカンを見つける1歳児と呼ばれた私とはあまりにも対照的だった。

そんな監督のお料理体験については結婚してすぐの頃に聞いてみたことがある。

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3,107字

安野モヨコ&庵野秀明夫婦のディープな日常を綴ったエッセイ漫画「監督不行届」の文章版である『還暦不行届』の、現在連載中のマンガ「後ハッピーマ…

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