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ふしん道楽 vol.25 窓

窓の種類についてひとこと言いたい。
日本はサッシの種類が少なすぎるんじゃないか。
サイズも、素材も、形も。
実際、海外がどうなのかは知らないけれど、
リフォームの打ち合わせなどで「こういうんじゃなくてもっとカッコイイのにしてほしい」
などと、漠然としていながらも暴力的な要望を出すと、
ほとんどといって良いほど海外製のものを提案されるからだ。
なので日本には変わったサイズのサッシがない、と考えるに至ったのだが
昔から、というわけじゃない。

SNSで古い洋風建築や木造三階建ての日本家屋などを紹介するアカウントをいくつもフォローしてるのだが、
昔の建築物は規格がバラバラで好きなように好きなサイズの窓をつけている。
もちろん当時だとて窓や障子、襖のサイズは決まっていたから全部が違うわけではない。
何なら古写真で見る江戸の街並みなど、純日本家屋の場合は似たような建物の連続だ。

でもよく見れば一つひとつ格子のデザインが違ったり、屋根の組み合わせ方が違ったりして一軒一軒の表情はそれぞれ違う。
素材が同じで色調が揃っているのに、少しずつデザインの違う建物が並んだ街並みというのは美しいものだ。

愛知の犬山市にある明治村には、多くの名建築が移築されて保存されている。
幸田露伴の私邸「蝸牛庵」は特に大好きな建物だが、これも壁は昔ながらの土壁、木造で瓦屋根。
素材は特に珍しいものではない。
間取りを見れば、すべてが基本的に畳の寸法を基準に構成されているのが分かるが、窓や扉の仕様で印象が変わる。
特に良いのは露伴の書斎兼応接室である座敷だ。
二面をガラス障子の窓が囲んでいて明るく、縁側もぐるりと取り囲むように付いていて、何ともいえず味がある空間になっている。
このような家が並ぶ街並みは、どんなに風雅であったろうと思う。


現代の家は壁の色や屋根の形はバラバラで一見個性があるようだが、
窓と扉のサイズと形がすべて同じなので実際には似た印象の色違いがやたらと連続しているようにしか見えない。
電車から流れゆく街並みを眺めていると、
田畑の上に急に出現したような住宅地はどの地方でも同じような家が並んでいる。
敷地の建ぺい率ギリギリに家を建てるので庭木も植えず、
車を止めるためだけのコンクリートで蓋をした地面。
何とも殺風景で味わいがない。

小さな窓が壁にスタンプでポンポン押したように並んで、一階には大きな掃き出し窓。
サッシはステンレスのシルバーか黒。
少し前に建てたものだとブロンズ風の色のものもある。
どれも窓として美しくない。
ただのっぺりとした外の光を入れるだけの装置でしかなく、
そのような家がどこまでも続く景色を見ていると暗澹たる気持ちになる。

都内にある自宅の窓からの眺めも同じようなものだが、
それを見ている窓も同じサッシでできているのだから話にならない。
もうサッシにしがみついてそのままバコッと取り外したいんだけど!?
と、何度思ったか知れない。
集合住宅の場合、リフォームでは扉や床、壁は触れるが玄関扉と窓だけはどうにもならない。
こればかりは仕方ないことだ。

最初に買ったマンションのリビングの大きなドイツ製サッシは機密性が高くて良いものだったけれど、
ひと昔前に流行した渋いブロンズみたいな色だった。
かといって本物のブロンズのような質感はなく、
機密性重視のためにサッシは10センチ以上の太さで厚みもかなりある。

存在感が強すぎて部屋内をどんなに繊細なインテリアにしようと無骨さが勝ってしまう。
仕方ないので木で枠をつくってもらってサッシ自体を隠した。
当時のものは乙女チックな白い塗装だったが、
事務所となった今では中華風の飾り枠でカバーしている。

その後に引っ越したマンションもサッシはステンレスの味気ないもので、
これもやはり機密性と強度を重視したつくりのために枠が太い。
輪切りにしたら正方形になるのではないか。
それがあるだけで部屋の雰囲気が何ともつまらないものになる。
とはいえ、さすがに集合住宅の窓は勝手に付け替えるわけにいかないので、家の内側だけに黒いシートを貼って見た目だけアイアンのように仕上げてもらった。

じゃあ黒いサッシなら良いのか。
もちろんそうではない。
実際に黒いサッシを使ったことがあるけれど、ただのサッシが黒くなったものでは大して変わりがない。
何なら漫画の枠線が壁に嵌まっているかのようで、
仕事が進んでいないときなどにふと気が付いてしまうと、もう枠線にしか見えなくなってきて恐ろしい。

ついでなので漫画やイラスト内での話をすると、
背景にニュアンスをもたせるために描くサッシは大抵フランス風の観音開きで、縦長のものが多い。
もうそれは「ベルばら」のころからの決まりごとのようなものである。

縦枠は少し太めにして、横に入る格子は細く。
サッシに交差する部分の入れ込みもしっかり描く。
サッシと外枠との段差もしっかり描くとなお良い。

私の世代は小学校などの窓がアイアンの細枠だったりして、そういう窓をアシスタントさんに指定するときは「古い校舎の窓みたいに描いて」などと言った。
アシスタントさんの世代が若くなればなるほど絵の上手下手にかかわらず、
のっぺりして凹凸のない、紙でできたようなサッシを描くので不思議に思っていたけれど、
皆きちんと見たまま描いているだけだった。
建物の方がのっぺりと凹凸がなくなっていたのだ。
写真などを渡しても、サッシなどの凹凸は実物ほどに細かく写っていないので、描けなくても無理はない。

何の話だか分からなくなってきたけれど、窓の話である。
サッシはディテールが細かくて線が多いほど良く、建物に合ったサイズで色も素材もいろいろ種類が豊富でありますように、
という願いの話でもある。
そしてそのような窓であれば、多少虫が出入りしようと隙間風が吹こうと我慢するつもりだ。
見た目の風雅さよりも利便性ばかりを追い求めていった結果、
街並みがこんなことになっているのだから。


初出:「I'm home.」No.125(2023年7月14日発行)

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