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ミルクティーとセロトニン

「甘いもの好きな人には、優しい人が多いんだって」

ソファで毛布にくるまりながらテレビを眺める彼女がそう言った。今やってる番組でそんな話をしてるんだろうか。
キッチンで砂糖をたっぷり入れた牛乳を火にかけ、固くしまった紅茶葉の缶のふたと格闘しながら、そうなの? と相槌を打つ。

「とすると僕はかなり冷たい人、ということ?」

僕は甘いものはほとんど受けつけない。
酒や辛いものならかなり刺激的なものでも美味しくいただけるけれど、いわゆるスイーツやデザートの類には食指は伸びない。

彼女は小さく笑うと
「辛党は好奇心旺盛、だそうよ」と言った。
「優しさは関係ないと」
「あなたに限ってはね」
彼女はテレビから目を離すとこっちを向いて、
「だって、あなたは優しいもの。今だって私の為に紅茶を淹れてくれてるわ」
と言ってにっこり微笑んだ。
その微笑みを見て、僕はとてもホッとした。

一緒に住んで初めて分かったけれど、生理の時の彼女の落ち込みやすさは半端ではない。
加えて体調も悪い。だるくて眠くてお腹をずっと踏みつけられてるように痛い、らしい。
暖かい恰好をして暖かいものを飲むと楽になるというので、彼女が生理の時には、こうして僕が紅茶を淹れている。

「辛いもの好きでも優しいあなたは、きっと自力で十分にセロトニンが出せるのね」
「セロ…なんだって?」
「セロトニン」
「セロトニン?」
カコっと手の中で音がして、ようやく紅茶のふたがゆるむ。
もらいもののマリアージュ・フレール。空気に香りがサッとたつ。
「甘いものを食べるとセロトニンってホルモンが出てね、脳が幸せや満足感を感じるんですって。だから甘いもの好きは優しいひとが多い、だそうよ」
「ホルモンねぇ…」
「セロトニンよ」
「セロトニン」
「そう、セロトニン。言ってるだけで、少し楽しくなりそう」

セロトニン、セロトニンと彼女はつぶやき続けている。
僕は茶葉をティーポットに入れ、上から温まった牛乳を注ぐ。
1~2分待ってマグカップにそれを入れ、恭しく彼女に差し出す。

優しいブラウン。これぞミルクティー色。

彼女はそれを静かに受け取り、静かに飲んだ。
甘党の彼女の為の砂糖たっぷりのロイヤルミルクティー。

口をはなしてぷはーっと息をつき目を細めたその顔で、満足感が伝わる。
「出てるみたいだね、セロトニン」
「一気に出たわ! あなたも飲んで!」
いや、僕は…と断ろうとしたのだけれど、彼女の顔につられてつい一口。

口いっぱいに広がるミルクと紅茶の香り。
濃い甘みがとろけるように舌に乗る。

僕の甘いもの嫌いを知ってるはずの彼女は、さっきの満足げな顔のまま僕を見ている。
苦手な味のはずなのに、不思議と口角が上がるのが分かる。

あー。やっぱ、甘いや。

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