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0514_鶯

 肌寒い朝である。
 昨日は一日中大粒の雨が降り注いでおり、それは昨夕遅くまで続いていた。そのせいで、今朝は雨が降っていないにも関わらず、道道の草花や樹木、コンクリートなどには多数の水滴がある。雨上がりの曇り空が一面、その雲の合い間にわずかに陽の光が滲んでおり、それが水滴に漏れ落ち、キラキラと光って見えるのだった。
 世界は、簡単に輝いた。

 しかしどうして肌寒いのだった。
 ズズッと鼻をすすると、「ケキョ」と聞こえる。もう一度すすりたいのを我慢してしばらく構えていると、「ホー」と鳴る。その後すぐに「ホケキョ」と続いた。鶯のようだ。くるりと周りを見回してみるが、その姿を見ることは出来ず、私はまた前を向いた。後方で「ホーホケキョ」と聞く。私はすぐに振り返った。けれど、どこにも姿は見当たらなかった。
 思わず、フフフ、と笑った。鳥に遊ばれているなぁと思ったからだ。何とも愉快な気分になった。これから仕事に向かうと言うのになんと幸せなことか。

 草花が煌めき、世界が輝いて見える。耳を澄ませば未だ春を感じ、肌寒さに初夏を思う。私はまた、鼻をすする。はぁ、と息を吐く。白く見えるなんてことはなく、けれど、私の吐き出した息のその形がうっすらと浮かぶようにも見える。
 よく見れば、だ。

 よく見て、よく聞いて、澄まして見れば、私の世界は全く違うものになる。例えば私の昨日の世界は何とも濁った灰色の世界であった。けれども今日はこんなふうに色めいている。
 そこにはいつも同じものがあって、けれども今日の私と明日の私とでは全く見え方が違うのだ。だから、いつもきちんと私の手や目が届く範囲くらいは丁寧に澄まして見ていたい。そう、思っている。

 ズズ、とまた鼻をすする。先ほどよりも後方からまたも鶯の鳴声が聞こえた。
 ようやっと鼻の通りが戻り、さぁっと吹く風を嗅ぐ。僅かな冷たさに鼻が冷えるも爽やかな雨上がりと自然の匂いがした。クシュっと小さくくしゃみをする。また、ケキョが聞こえた。

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18時からの純文学
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★著者:あにぃ

※これ、私の好きな文章です。自分で書いておいてなんですが、こんなふうなものが好きなんだなと、やっと分かった気がします。綺麗な情景、1人の心情、非日常よりは身近な日常を。加えるならばそこにどうしようもない切なさを。
そう言うコダワリを持っていたい(持つだけ)。

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