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鈍-nibi-①【連続短編小説】

 私の、左耳の軟骨は宝物である。

 生ぬるい風が吹く。
 夏は終わりを惜しみ、秋がその背中を押している。
 雨、トツトツと落ちる粒が私をどうにももの悲しくさせている気がする。そう言うと、彼は笑った。感傷にふけりすぎだと言う。私は彼のその安い笑みを軽く一瞥して、床に散乱した下着を拾った。自分のものとは言え、数十分前まで身につけていたために残るぬるい温度の感触が本当に気持ち悪い。

 他人のもののようである。

 身につけ、けれど他人のそれらは私に統一された。
 その後で、同じようにして本当の他人である彼の服を拾い上げて手渡してやる。ありがとうと言いながら、受け取る。かと思いきや、するりと腕が伸び、私の二の腕を掴んだ。ぐいと引き寄せられ、耳元で彼はささやく。

 悪い妹だね。

 2つ上の姉は、私と似ていて少し違う。
 姉妹であり、けれど別の人間である以上はそんなことは当たり前で、殊更話に出すものでもないのだけれど、それでも姉に関することは出来るだけ詳細に残しておきたいと思う。

 私も姉もリンゴが苦手でみかんが好き。

 私も姉も国語が得意で数字が苦手。

 私も姉も甘いものには目がない。

 私も姉も魚よりは肉を好む。

 私も姉も格好良い男性よりもかわいらしい幼い感じの男性を好む。

 私も姉もショートカットで身長は156cm程度、体重は46kgくらいとどちらかと言えば小柄である。

 私も姉も多分中の中くらいで、綺麗よりは可愛いよりの顔立ちである。

 おそらくきっと多分そんな感じ。
 おおむね似ている。
 姉妹だから。

 だから、姉は私であって、私は姉であるところが多分にある。

 違うのは、姉はまもなく結婚し、私は結婚しないこと。
 私には、耳の軟骨に姉が開けてくれたピアスの穴があること。
 私は姉が大好きで、姉はそんな私を特別そんな風には思っていないこと。
 姉の婚約者は私を抱くし、私は抱かれているけれど、私も彼もそこに何の感情も持っていないこと。

 そしてそれを愛する姉はしらないこと。

 私と姉の違いなんてそんなことくらいしかないから、殊更言うようなことでもないが、それでも姉に関することは出来るだけ詳細に残しておきたいと思う。

 私は姉が好き。
 何よりも、誰よりも、大好きです。
 ごめんなさい、神様よりも、好きです。

 なんて、途中から頭の中でブルーハーツの語りをつぶやきながら、私は彼の部屋を出て自宅に戻る。

 雨はまだ、とつとつと降り、ボッボッと奇妙に大きな雨粒が傘に弾ける音がして、私は妙に心地よいと思ってしまう。

 いつものように涙をためて、私は傘を差したまま走り出した。

 人を好きになるのは何でなの。
 人であれば誰でもいいわけでもなく、姉だけ、誰か1人だけを死ぬほど好きになるのは何でなの。

                   続 
       -鈍-nibi-②【連続短編小説】-                                                 9月12日 12時 更新


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