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10月11日カミングアウトデー

「ねえ、高村くんはどこ行きたい?」

 長谷さんが聞くので、僕は机の上の観光ガイドブックを見て適当に指を指す。

一言主神社。

「へえ、意外とロマンチストなんだ」

「そうかな。うーんと、これさ、一言ならなんでも叶えてくれるって言うけど、大体なんでも一言に出来るんじゃないかなって思って」

 理由にもならない思いつきを言ってごまかす。すると思いの外皆が食いついた。

「一言主神社ね、いいじゃん。なんか一人ずつ大声で言って皆で未成年の主張みたいにしようぜ」

 花咲がそんなことを言い、微妙にテンションの上がった何人かが同調する。

「えー、やだよ。カミングアウトじゃん」

 橋村が言い、僕はぎくりとする。願い事をするのではないのか!?

「あ、でもここってちょっと他から離れているよね」

 うまくかわそうと試みる。

「まあ、でも他の観光地はある意味惰性だしなあ。な、そうだろ?」

 花咲がそう言って皆の顔を見回すと、うんうんと頷く顔がちらほら。失敗だ。大体、自分も適当に指を指したとは言え、惰性で行き先を決めるっていったいどんな旅行になるのだろう。

 高校卒業記念に2泊で旅行しようと言ったのは、他でもない花咲だった。男性陣は彼と橋村と僕ともう1人菊池の4人、女性陣は長谷と片岡と山川の3人がメンバーだ。2年生からの選択制授業が同じ7人組だ。けれど僕は他の6人がお互いに思っているほどには心を開けない部分がある。だから、微妙に距離をとりつつうまくやってきた。そう、うまく隠してきたのだ。それを壊すつもりは毛頭ない。

「カミングアウトすることある?」

 花咲が誰と言うこともなく問う。それ、一言主神社でやろうとか言ってなかったか。

「あるよ」

 菊池が言い、片岡さんが小さく声を上げた。言うのか。

「え、気になる」

 山川さんが言うと、菊池がにやりと笑う。

「俺と片岡、先月から付き合ってます」

「ええー!!!」

 何人かが声を合わせて驚いた。もちろん僕も知らなかったし驚いた。それと同時に知らなかったのが自分一人ではなかったことに少し安心する。

「まじかー。俺、片岡さん結構好きでした・・・・・・」

 うなだれるように告白したのは橋村で、そのことを菊池は知っているようだった。ごめんなというジェスチャーを見せて2人笑った。わずかにざわめく中、妙にすっきりした橋村が花咲に話を振る。

「なに、俺のカミングアウト?」

「聞きたい聞きたい!」

 茶化すように長谷さんが言い、やっぱり皆が同調する。

「俺はね」

 けれどそう口を開いた瞬間、花咲は僕の顔をまっすぐに見た。それはとても真剣な表情で、今の今までふざけて笑っていたのにと僕の顔は強ばった。だいたい、なぜ他の誰でもなく僕なのだ。

「言ってもいいかな」

 僕に許可を得るように言い、思わず僕も頷いた。花咲は安心したように息を吐き、また吸ってから話し始めた。

「俺はね、ゲイだよ」

 そう言った花咲の顔はなにより真剣だった。僕は、息を飲む。

「本当だよ。ゲイなんだ。本気のカミングアウト」

 謝ったその先に、僕はいた。すでに僕の体は熱く、まるで自分がカミングアウトしたのかと錯覚する。だからやっぱり皆のリアクションが気になってくる。

「マジで!へぇ、いいじゃん。1人か2人くらい感性の違う友人がいるのもいいな」

 第一声は菊池だった。驚いてはいたが、嫌悪している感じは全くなく、言葉の通り明るく肯定していた。長谷さんがそれに続く。

「だったら!!話の途中だけど、関係するから私もカミングアウト。私、腐女子です」

「おおー、やっぱりね!」

 長谷さんの告白に反応したのは山川さんで、自分も腐女子寄りだとカミングアウトした。花咲はそれを聞いて笑う。

「なんだよー、じゃあ俺、結構ウェルカムじゃん!」

 そう言うと長谷さんも山川さんもまた笑って両手を開いてウェルカムだと受け入れた。

 もしかしたらと、僕は思った。この流れに任せてカミングアウトしても良いのではないか。むしろ今このときが最大のチャンスなのではないか。これを逃すとどのタイミングで言うべきか。でも、待てよ。いや、冷静になれ。そもそも僕は言うべきなのか。

 思わず流れるままに口を開きそうになるも、それを閉じた。カミングアウトしたのは花咲だ。受け入れられたのは彼のキャラクターがあってこそかもしれない。グループのギリギリ仲間になっているくらいの僕が同じように告白したところで、他の誰かと同じように一線を引いた目で見られるかも知れない。せっかくこれまでうまくやってきたのに、ここで壊さなくてはならないのか。
 カミングアウトは、しなくてはならないのか。

「なあ、高村」

 目の前には花咲の顔があった。いつの間にこんなに近くにいたのだ。泳ぎそうになる目を落ち着かせながら声を出そうとするが、うまく声にならないことに気づく。花咲はそんな僕を良く分かっているように優しく微笑んだ。

「俺はカミングアウトしたかったんだ。俺はね。どうにも抱えたままでは重すぎた。でもな」

 そう言うと緩く笑っていた顔が急にまた真面目になる。僕は彼の目を見つめるしか出来ないでいる。

「でも、カミングアウトしなくて良いって選択もあるんだよな」

 一呼吸置き、花咲は静かに続けた。

「大切なのはその自由があると言うことだ。言うと言わないの自由。どちらを選ぶのも、正解なんだよ。どっちを選んでも俺は俺だし。そしてここはどちらを選んでも受け入れる場所だってこともちゃんと知っておいて欲しいよ」

 気づけば、僕と花咲をのぞく他の5人も真剣に僕らを見ていた。そして僕と彼らが、花咲の言う『ここ』という場所にいると言うことも分かった。もしかしたら、もう皆気づいているのかも知れない。少なくとも、花咲は分かっているはずだ。あとはただ、僕の選択。今日、この日、この場所だからこそ、僕は自由を選ぶことが出来る。

「僕はね」

 胸一杯に息を吸い込み、僕はそれを選んだ。
 一言主神社にはもう行かないのだろうなと思いながら。

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【今日の記念日】
10月11日 カミングアウトデー

神奈川県横浜市に事務所を置くNPO法人バブリングが記念日登録を申請。LGBTなど社会的にマイノリティとされる人々をはじめとして、ありのままの自分を表現できずにもがいている全ての人が「大切な人と自分らしく生きていきたい」とカミングアウトするきっかけの日とするのが目的。日付は1987年10月11日にアメリカで多くのLGBT活動の団体が誕生する契機となったワシントンマーチが行われた日(National Coming Out Day)であり、同法人の設立日が2014年10月11日であることなどから。

記念日の出典
一般社団法人 日本記念日協会(にほんきねんびきょうかい)
https://www.kinenbi.gr.jp の許可を得て使用しています。

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