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鈍-nibi-⑥【連続短編小説】

※前回の「鈍-nibi-⑤」はこちらから

 私は、リオを誰よりも愛している。

 自分の気持ちに気付いて向き合えたのは、中学に入学する年の頃だったろうか。気持ちに気付いてから、それに向き合って認められるまでに時間がかかり、もういつどこでどのように落ち着いたかだなんて明確には覚えていない。自分の中で葛藤し続けていた。けれど、そんな葛藤をしていても、家に帰れば妹はそこにいるし、表立って悩むわけにも感情を出すこともできなかった。つまり、葛藤と同時にそれをしまい込むことを覚えたのも同時期だった。

 その結果、私は様々なことを表に出すことなく、内面で広げることにした。表ではどこにでもいるような妹思いの強い姉であり、その実、内面ではいかに彼女を私の元に留めておけるかを常に考えるのが本当の私となった。

 表の私を、両親や親戚などはかわいげがないと揶揄していたようだが、そんなことはどうでも良かった。私の持つ『可愛げ』なんてものがあるならば、そのすべては妹に向けたかったし、そのほかの感情すべても同様である。

 すべては妹、リオの為に。

 リオを幸せに生かすために、私は生きている。

 リオが困ったり哀しんだりしていれば私はいつでも駆けつける。もちろん、そもそも困ったり哀しんだりすることのないよう先回りして動いているが、残念ながら私一人ではすべてをフォローできないことは早々に理解した。
 そもそも世間からすれば歪んだ愛ではあるが、そんなに愛だというならば、2人だけで一生一緒にいれば良いではないかと、頭の中で何度も考えた。何とかリオを説き伏せて、私といることを選んでもらう。そうして2人、結婚をすることなく、どこか小さな町や家で静かに暮らすのも良いかもしれない。片時も離れずにずっと一緒にリオといられるなんてとても幸せなことだろう。最終的にはそれが一番の願いである。
 けれど、現実にお互いがずっとそばにいるという生活を考えたとき、一日の中でリオが『私を恋しく思う』時間って存在するだろうかと思ったのだ。もちろん私は四六時中、リオを考えていられる自信があるし、現にそうしている。でもリオはどうだろう。いつだって隣にいる私のことを愛しいや恋しいと、どの瞬間に思ってくれるだろうか。
 恋や愛って、離れている時に愛しい人を思い、会いたいと焦がれ、気持ちは膨れていくものなのではないか。私はそんな風に、リオが私への気持ちを一生膨らまし続けて欲しいのだ。

 だから、私はリオの元にいるのではなく、その場を離れて、手に届く近くにいることを選ぶのである。

 それを実現させるには、離れたところでリオを見ていてくれる共犯が必要だった。

 私のことも、リオのことも個人に興味を抱くことなく、けれど目的のために動いて、私と彼女を一生つなげてくれる人。
 それが『りょうちゃん』だった。

                                                                             続                        -鈍-nibi-⑦【連続短編小説】-                                                  10月17日 12時 更新

 

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