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(New)ひととせ①【連続短編小説】

 生きて死ぬのかと思うと、なんだか泣けてきた。

 僕がここでどう頑張っても、もしくは全く頑張らなくても、生きることはできる。ただ息をして、必要であれば歩き、空腹を感じれば食事をとって、疲れたら眠る。ただそれだけで、生きることはできる。

 そしてそれの繰り返しで、死ぬ。

 僕がどう頑張っても、もしくは頑張らなくても、死ぬのだ。

 そう思うと泣けてきた。

「一路はなんだか難しく考えてしまうね」

 幼い子供にそうするように、彼女はまもなく30歳を迎える僕の頭にポンポンと手をあてた。僕は彼女の暖かさと、頭に触れたその手の熱が遠い昔のものに思えてまた泣けた。

「そんなに難しく考えなくていいと思うよ。一路の言うように、人はいずれ死ぬのだから、限られた時間、せっかくなら楽しく過ごせばいいんだよ」

 彼女は僕の頭の上に置いていた手を放し、テーブルにあるミルクティの入ったカップを取った。静かに口にする。

「でも、生きていることが無意味に思えてならないんだ。君と楽しく過ごしていても、いずれ死んでしまうのに何を楽しんでいるのだろうと思ってしまうことがある。もちろん楽しく過ごしているのだからそのときはとても楽しい。けれど例えばその途中、トイレに行ってふと顔を上げて鏡を見たとき、僕は一体何をしているのかと思ってしまう」

 僕もミルクティを一口飲んだ。

「楽しいねって、それだけでいいじゃない」

「でもそれに何の意味があるのだろうって思ってしまうんだ」

 口にして、自己嫌悪した。くどくどと、僕はそれこそ意味のないことばかりを言っているではないか。意味がないのだと、彼女に話したところで意味が生まれるわけではないのに。

「それでいいじゃないの」

 彼女は立ち上がり、隣の寝室に向かう。そのまま布団の中にもぐった。僕はカップを置き、慌てて彼女を追い、布団に入る。

「一路の言うとおりだよ。いずれ死ぬと思えばすべては意味のない時間つぶしだと、私も思う。だから、意味もなく生きればいいんじゃないの」

 入った瞬間、冷たいと思った布団の中。彼女に近づくほどに、段々と暖かさが滲む。それはやがて僕の全身をくるんだ。

「どうでもいいよ、意味とかそんなの。だって考えたところで意味なんてないんだから。意味がないのにって思うけど、それは生きるすべてのことに言えるでしょ。そうなると、じゃあ死ぬのかってなっちゃう」

 ごそごそと彼女がこちらに向き直る。僕の胸の中を探り、丸まるように入り込む。熱が増す。

「死なないじゃん?とりあえず今は。だったらすべて無意味だから、なにも考えずに生きればいいんだよ」

 僕の胸の中で、彼女が大きく深呼吸をしたのが分かった。

 生きている。

「なにも考えずに生きればいいのか」

「うん、別に考えてもいいけどさぁ、答えなんて絶対出ないだろうし」

 もう一度彼女は深呼吸をした。僕も彼女の呼吸のリズムに合わせて大きく息を吸い、吐き出した。

「とりあえず、年も明けたばかりだし、今年はただ楽しく無意味に1年を生きてみるって抱負にしようよ」

 そう言って彼女はおやすみとつぶやき、目を閉じた。

                                                                             続                              ひととせ②【連続短編小説】-                                                     1月9日 12時 更新

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