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【実話怪談】位牌を拾ってきた猫


 去年、後藤さんは片足を怪我した猫を拾った。飼っている猫は皆元野良猫で、片足を怪我した黒猫で六匹目になる。首周りが白い毛で覆われていて、まるでマフラーを巻いているみたいだったので『マフラー』と名付けた。年老いた猫で甘えっ子で、哺乳瓶からしかミルクを飲まなかった。
 ある日、マフラーが白木の位牌を拾ってきた。後藤さんの家の近くには巨大な湖があり、時折、誰かが捨てたものを猫が拾ってくるのだ。
 位牌を拾ってきて以来、猫たちが同じ方向を見て警戒する。庭で草を毟っていると誰もいない屋内から物音がする。台所と和室を隔てた白いレースのカーテンに黒い人影が写り、のっぺりとしたカーテンに触れると人肌の弾力が手のひらを押し返した。
 近くの寺でお焚き上げしてもらう為、準備をしていると湖のそばで売店を営んでいる谷垣さんが血相を変えて飛び込んできた。マフラーが車に轢かれて亡くなってしまったのだ。引き摺られ跳ね飛ばされたのか、何処を探してもマフラーの顔だけが見つからなかった。
 喉が渇いてもおなかが空いても、顔がなけりゃ食べられないのではないか。なんとかして身体と一緒にお骨を埋葬してあげたいと祈り続けた。帰っておいでと毎日、仏壇にマフラーが好きだったミルクを哺乳瓶にいれて供えた。
 二ヶ月ほど過ぎた深夜、足首を金槌で叩かれているような激痛で後藤さんは目を覚ました。雨戸から入ってくる微かな月光がずっしりとした木綿の掛け布団の輪郭を浮かび上がらせた。何かが動いている。
「ぎゃ!」と思わず声が出た。
 碗のように頭部の凹んだ生首が、後藤さんの足首に喰らい付いていたのだ。
 殺される! 恐怖を感じ、目を閉じた。
 一瞬のことだったが、仏壇の後ろから何かが飛び出し、足首に喰らい付いている生首を飲み込んだように見えた。翌朝、怖々と仏間を覗くと供えていた哺乳瓶が倒れ、甘いミルクの香りが充満していた。もしかしたらマフラーが助けに来てくれたのではないかと思った後藤さんは、生前よくマフラーが拾ってきた物を隠していた仏壇と箪笥の隙間を覗いてみた。すると、筒形のカプセルがついたネックレスが落ちていた。カプセルの中には遺毛が入っていた。
 後藤さんは速やかにご住職に相談し供養してもらった。以来、屋内で人の気配を感じたり物音がすることはなくなったという。

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