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好きな食べもの

高校卒業後、進学を機に家を出たので実家に帰るのは長期の休みのみとなった。

「ただいま」
「おかえり」

久しぶりに会う嬉しさ、でも何だか照れ臭さみたいなものもあったりして。

「ほら、ご飯だよ」

たまの帰省となると母や祖母の作る料理と気遣いがありがたい。一緒に住んでた時は何とも思わなかったのに。

そんな場面を何度か繰り返して、ある時のこと。

「ただいま」
「おかえり」

「ほら、ご飯だよ」

「鶏肉、揚げておいたよ。あなた好きだから」

「えっ? う、うん、ありがとう」

確かに嫌いではない。好き嫌いでいったら確実に好き。でもそんなこと、言ったことあったっけ?公言した記憶は一度もない。

そしてまたある時には祖母が「あなたは鶏肉が好きだから作ってみた」と、手羽元をじゃがいもや玉ねぎなどど煮た洋風の煮物を作ってくれていたことがあった。バター風味のそれはレシピを聞いておかなかったことが心から悔やまれるくらい、今でも味を思い出すくらい、本当に本当に美味しかった。

美味しかったけれども。でも。やはりここでも何だか釈然としない「私いつの間に「好きな食べもの=鶏肉」の人になったんだろう?」

全然自覚が、なかった。
なかったけれども。

きっと、鶏肉料理を用意してくれた時、私の食べっぷりが良かったんだろうと思う。美味しい美味しいと、他のメニューより沢山食べていたのかもしれない。そんな私の姿を見て、母や祖母は「ああこの子は鶏肉が好物なんだな」そう認定したに違いない。

自分では全然、思ったこともなかった「好きな食べもの=鶏肉」なんて。

でも確かに、本当に好きなものに対する思いって、無意識なのかもしれない。自分にとっては単純に「美味しい美味しい」って喜んで、ついつい食べてるだけ、くらいの認識でしかないから。それに気づいてくれるのは、逆に一歩引いて見てくれている、周囲の人の方かもしれないね。

当時は自覚のないようことふいに言われて、もちろん嬉しいけど、ちょっと面食らって、でもそんな風に見えてるんだ、私そんなに鶏肉好きなんだ、くらいの感想しかなかったけれども。

ありがたいことだよね。

娘の、孫の、様子をちゃんと見て「この子は鶏肉が好きなんだ」と、帰省に合わせて用意してくれる。私を喜ばせようと思ってくれた。

母に、祖母に。

今更ながら、ありがとね。

ほんと、今更だけど。

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