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記憶の風化

本日「3.11の思い出」を投稿し、黙とうをささげ、ふと思ったことです。

3.11の思い出、当日のことはわりと鮮明におぼえているのですが、翌日以降どのように元の生活に戻っていったのか、いつ「普通」という状態になったのか、ものすごく記憶があいまいです。

翌日は電車が動いていて買い物にでかけたこと、月曜日からダイヤが変わって通勤しづらくなったこと、仕事がバタバタになったこと。

テレビは一日中震災の話となっていたこと。スーパーから生鮮食料品やパンが消えたこと。普通の牛乳がなくて長期保存の牛乳が並び始めたこと。

今、思い出せることはこれくらい。これらも、物流が正常化したことで少しづつ解消され、牛乳やパンが、西日本製品になっていたけれど買うことができてきたし、少しづつ戻っていったことで忘れていってしまったのでしょう。

「3.11を知らない子どもたち」が出てきています。震災を風化させないために、風評被害があったことも、伝えていかなければ、とお話されています。

戦争を知らない世代になり、戦争の悲惨さを原爆のおそろしさを、伝えていくことが難しくなってきていることも、よく語られています。

世界で戦争がなくなりません。コロナという敵もあらわれた昨今、風化してはいけない事象は次々にあります。3.11に目が向いてしまいがちですが、大きな震災、豪雨被害がありました。自然にはさからえませんが、人為的な災害はなくしたいものです。

人(に限りませんが)の脳には「忘れる」という機能があります。脳が勝手に判断しているだけなので、人が忘れない努力をして保持しているらしいのですが、記憶として残したいものと、消し去りたいもの、を区別して扱えるようになる日も遠くはないようです。PTSDの治療法になるときいています。

おうおうにして失くしたい記憶ほど残ってしまうもので、覚えていたい記憶ほどどこかにいってしまいがち。

記憶と言えば、今度、道枝くんと福本さんで映画になる「今夜、世界からこの恋が消えても」も、ガッキーでドラマ化された「掟上今日子の備忘録」も、前向性健忘が鍵となっているお話ですね。このての作品は多いように感じます。

ちょっと、話題がそれました(笑)

3.11に戻りましょう。前職中は3.11に黙とうをしていました。3.11にあったのは前々職中。3.11には、黙とうをささげましょう、と朝に放送が入るのですが、仕事に集中していると「その時間」は過ぎています。たった1分のことです。顔を上げた時には通常の執務室しか見えません。

ある年、きちんと立って黙とうをささげる女性を見ました。ということはまだ時間内で黙とうができるはずなのに、私は、今、立つことができませんでした。私のまわりは何事も無いように仕事をしています。立つ勇気がなかったのです。

恥じました。翌年からは立てなくても、どこにいても黙とうをするようにしました。「その時間」は友人にLINEを送信した1分後。だからなのか記憶に刻まれています。

来年はどこにいるかわかりません。どこかで仕事をしていることを無職となった私はせつに願っています。と同時に、そこの職場の皆さんが、黙とうをささげる気持ちのある人たちだと良いな、とも思います。

お読みいただきありがとうございました。お邪魔しました。



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